黒の創造召喚師

幾威空

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5巻

5-2

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   第3話 レギオン結成


「今日はいつになく大量ねぇ……こっちとしては助かるんだけど」

 リアベルの街にあるギルドにやって来たツグナは、いつものように掲示板から依頼書を根こそぎさらうと、窓口カウンターに座る受付嬢のユティスに提出した。目の前に広がる優に二十を超える依頼書の束に、彼女は面倒な手続きを行いながら、どこか辟易へきえきした声音でそんな言葉を呟いたのだった。

「今回は人数もいるしさ」
「人数?」

 ユティスの疑問に、ツグナは「あぁ」と短く返事をしつつ、くいっと離れた場所にいる集団を指さした。

「今日はツグナもいるし、いつもより苦戦しないかもね」
「どうかしら? それほど脅威のある相手でなくとも、量が量だから……」

 ユティスがそちらに目を向ければ、そこには特徴的な狐耳を立たせながら楽しそうに笑うソアラと、眉根を寄せて難しそうな表情を見せるキリアの姿があった。その二人は時折見かけるので、特段不思議でもない。だが今日に限っては、彼女達と同年代の人族の女の子が二名、新たに加わっている。

「リーナ姉! ギルドの依頼って初めてだよね。上手くできるかなぁ……」
「上手くも何も、私達は兄さんの言う通りに動くことしかできないわよ。逆に、初めてなんだから、そんなに気負わなくてもいいんじゃない?」

 髪型を除けば全く同じに見える二人の女の子は、容易に双子であると推測できる。ギルドにやって来たのが初めてだからか、髪を結わえた方の子はしきりに周囲を見回していて、ユティスにはそれがどこか可愛げがあるように思えた。

「あの二人は?」

 メンバーを一瞥したユティスがツグナに視線を戻して訊ねると、彼の口からは予想だにしない答えが返ってきた。

「あぁ……あの二人は、俺の妹達だよ」

兄妹きょうだいでは似てないけどな」と苦笑気味に返答したツグナは、初めて訪れたギルドで幼子のようにはしゃぐ双子の妹の姿を眺め、そういえばどれだけ成長したのだろうかと「異界の鑑定眼」スキルを発動させた。





「妹さん? 貴方、妹がいたの?」

 手続きを続けつつも、若干目を見開いて訊き直すユティスに、ツグナは「まぁな。色々あって、今まで疎遠そえんだったけどな」と頭を掻きながら呟いた。

「なるほどね。うん。これでよしっと……手続きは完了したけれど、ほとんどの依頼については期限まで時間がないから、注意してね」
「はいよ」

 作業が完了した旨を告げられると、ツグナはひらひらと手を振りながらソアラ達のもとへと戻っていく。

(色々、ねぇ……何があったのかは聞かないけど、どうにも喜ばしいことじゃなかったみたいね)



 基本的にギルドが冒険者に対して干渉することはない。中立かつ公正な組織であることが求められるギルドにとって、一介の冒険者について過去の経歴を探ることや便宜べんぎを図ることは、基本精神から外れる行為に他ならない。しかしながら、ユティスは去っていくツグナの小さな背中に漂う哀愁に、心惹かれるものを感じていた。


   ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 オレンジ色に染まった陽の光が窓から差し込む頃。ギルドはその日の依頼を終えた冒険者で活気づく。本日もご多分に漏れず、大小様々なレギオンに所属する冒険者達が、お互いの功労をたたえ合い、または悔し涙を流す光景がそこかしこに広がっていた。
 そんなギルドの一角を成すカウンターでは、盛大に頬を引き攣らせるユティスと、対照的に晴れやかな顔を見せるツグナの姿があった。

「ごめん、もう一度言ってくれる?」

 ピクピクと硬い笑みを浮かべたユティスは深い息を吐き、グリグリとこめかみを指圧しながら何とかそれだけ告げる。

「いや、だからさ……受けていた依頼が終わったから、達成完了の手続きをしてほしいんだよ。それと、これまでに狩ったものもいくつか処分したいものがあるから、買い取ってくれ。量が多いんで、事前に品物を提出してきたんだけどな」

 再度告げられた言葉に、もう一度深く息を吐いたユティスは、ジロリと白い目をツグナに向けながら、目の前に広げられた書類と遠くから聞こえてくる悲鳴に頭を抱えた。
 彼女の頭を悩ませている原因は、ツグナの言葉の後者の方だ。依頼を果たしに出かけてからしばらく経ち、ギルドに再び姿を現した時、彼は「持ち物を買い取ってほしい」と言い出した。冒険者が依頼を遂行するにあたり、道中でモンスターを狩ることはままある。そうした需要を満たすため、ギルドでは品物の査定・買い取りも行っている。
 ただ、今回は相手が悪過ぎた。

「ちなみに聞くけど……どこで手に入れた物なのよ」
「えっ? ウチの近くにある森からだけど?」

 いけしゃあしゃあと、ツグナはその入手先を彼女に伝える。それを聞いたユティスは「勘弁してよ」と言いそうになってしまった。
 ツグナ達の住む森は、別名「魔の森」とも呼ばれる、高ランクモンスターが跳梁跋扈ちょうりょうばっこする場所だ。そうしたモンスターから取れる素材は当然ながら市場に流通することが滅多にないため、買取価格も相当のものとなる。もちろん買い取った物はいくらかの利益を乗せて市場に流すため、ギルドとしてもツグナが持ち込んだ品物は魅力的であった。だが、さすがにそんな高価な品物が部屋を埋め尽くさんとするほどとあっては、一時的とはいえギルドの財政を脅かしかねない。

「あれほどの品物を一括で支払うのは、いくらなんでも厳しいわよ?」
「そうなのか? まぁ別に、きちんと支払われるなら、こっちは分割でも特に問題はないけどな」

 その後の交渉で分割で支払うことを約束させられたユティスは、何度目かのため息を吐きながら、粛々しゅくしゅくと手続きを進めていく。

「それにしても、あれだけの依頼を短時間で済ませるなんてね」
「まぁよく知ってるメンツだし、それぞれの得意分野も分かってるからなぁ……」
「ならいっそ、レギオンでも結成すれば? ただ書類に必要事項を記載して申請すれば、すぐ出来るんだから」

 彼女の何気ない発言に、ツグナがキョトンとした表情を見せる。

「……レギオンって、そんなに簡単に出来るのか?」

 ぽろりとツグナの口から零れた言葉に、今度は「はぁ?」と呆れてしまうユティスだった――


   ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


「ふ~ん。これが申請書ねぇ……」

 ツグナがユティスから手渡された用紙を眺めて呟く。そんな呑気な様子に、ユティスは若干苛立ちながらも説明を加えた。

「あのねぇ……普通、一緒に組む仲間が出来ればまず考えることだと思うけど?」
「こっちはこっちでいろいろあったんだよ」

 ムスッとしたツグナは、それだけ言って先を促す。「これ以上言っても無駄か」と諦めたユティスは、ため息を吐く代わりにレギオン結成に関する規程を説明し始めた。

「いい? レギオンを結成するにあたって必要な条件となるのは次の三つよ。一つ目が、メンバーの一人が冒険者であること。二つ目が、最低五名以上で構成されること。最後に、レギオンの名前が決まっていることよ」
「うん? 全員が冒険者でなくてもいいのか?」

 説明を聞いたツグナが、頭に浮かんだ疑問をそのまま言葉にする。

「そうね。冒険者として登録している人間が最低一人いれば、依頼の受理や達成報告などの諸手続きを行えるから。でも、普通は全員が冒険者として登録しているわよ? 手続きできる人が限られると、何かと不便だからね」
「……なるほど。あれ、このスペースは?」

 申請用紙に目を通していたツグナは、ある箇所を指さしながら次の質問を投げかけた。カウンターの向こうからその部分を確認したユティスは、「あぁ……」と軽く頷く。

「それはレギオンのシンボルを記入する箇所ね」
「シンボル?」

 小首を傾げたツグナに、ユティスは足元から何かを取り出して見せた。

「たとえばこれは『炎熱の覇者』のシンボル。こうして決めておけば、その人がどのレギオンに所属しているのかがひと目で分かるのよ。もっとも、これについては後からでも申請できるから、まずは名前の方が先決ね」
「りょーかい」

 ひと通りの説明を受けたツグナは、渡された用紙を手にソアラ達のもとへと戻っていく。提出した品の査定が長引いているため、まだ時間には余裕がある。

「あら、兄さん。もう終わったの?」

 意外に早い戻りに声をかけてきたのはリーナだった。彼女の声に釣られるように、ほかのメンバーもツグナに顔を向ける。

「いや、まだ時間はかかりそうだ。手続きをしていたら、ユティスから『レギオンでも結成すれば?』って提案されてさ。聞けばだいたい条件は満たしてるみたいだし、もしみんながよかったら――」
「賛成っ!」

 ツグナが言い切る前に、ソアラが力強く挙手し、いの一番に主張する。耳をピンと真っ直ぐ立たせ、目を輝かせながら告げたそのひと言の勢いは、ツグナがつい「お、おぅ……」と気圧けおされてしまうほどだ。

「いいんじゃない? たまに『ウチのレギオンに是非ぜひ来てくれ』って誘われることもあったから、そうしたやからを追い返すのにも丁度いいし」
「へぇ……誘われることなんてあったのか」
「えぇ。たまにだけど」

 意外そうに呟いたツグナに、キリアは「まったく……」とわずかに顔をしかめる。どうやらかなりしつこく勧誘を受けたらしく、彼女にとってそれはあまり気分のいいものではなかったらしい、とツグナは察した。

「う~ん。ボクはまだここに来て日が浅いから、どうすればいいかイマイチ判断はできないな。ツグ兄の判断に任せるよ」
「私もアリアの意見と同じですね」

 双子の妹達はそう告げるのみ。
 そんな二人の言葉を聞いたツグナは、しばらく悩んだ挙句――

「それなら……やってみるか」

 居並ぶ面々にそう告げたのだった。

「なら、名前を考えなきゃな」

 カリカリと頭を掻いたツグナは、悩ましげな顔つきを見せる。レギオンの名前は、組織の顔とも言えるもの。みっともない名前をつければ、呼ばれる度に恥ずかしい思いをする。かといって変にこだわり過ぎて、無闇に複雑な名前にすることも避けたかった。
 理想は呼びやすく、かつ自分達にしっくりくるもの。だが、これは思いのほか難しい。

「う~ん……悩むわね。どうにもパッと思い付かないわ」
「私も……」

 少し唸ってからキリアとソアラは早々にギブアップし、次いでアリアもまた「無理っ!」と頭を抱える。

「なら、何かにちなんだ名前とか?」

 リーナだけが案を出すが、命名作業はしばらく難航を極めた。そしてそろそろ査定も終了するだろうと思われた時、ツグナがふっと呟いた。

「……ヴァルハラ」
「えっ? 何?」

 ピクリと狐耳を反応させて訊ねるソアラと、きょとんとした表情を見せるキリアとリーナ、アリア。ツグナはそれぞれの顔を見ながら、ふと頭に浮かんだことを、そのまま言葉にして伝えた。

「あぁ、いや……どっかの本に出てきた言葉なんだけどさ。神様が住まう宮殿の名前らしくて、戦死した勇者の魂を迎え入れる場所なんだと。まぁ俺達はまだ死んじゃいないが、なんとなくピンと来たから」

 ずいっと顔を近づけてきた四人に気圧されつつも、ツグナはぽつぽつと語った。
 神が住まい、雄々おおしく戦い死した者達を迎え入れる宮殿――ヴァルハラ。
 ちまたで「魔の森」と恐れられる場所に堂々と居を構え、日夜戦う自分達が、彼の中ではなんとなく、館へと迎え入れられた誇り高き勇者の姿と重なったのだ。

「ヴァルハラ……か。うん、いいわね」
「いいね! 私も気に入ったよ!」
「神様の住まう宮殿、なんて大層な場所だけど……でも、ちょっと気分がいいよね」
「わ、私は兄さんの付けた名前なら何でも……」

 彼の言葉に、四人はそれぞれに同意の言葉を述べていく。


 かくして、ここにツグナを筆頭とするレギオン――「ヴァルハラ」が産声うぶごえを上げた。



   第4話 介入者達


 自分達のレギオンが結成されたことに沸くツグナ達を、苛立った様子で遠巻きに見つめる一団があった。

「けっ、レギオンだと?」

 金髪に鳶色とびいろの瞳を持つ男はグラスに注がれた酒をあおると、酒臭い息と共にそんな言葉を吐き出した。それに対し、向かいの席に座る緑髪の男が頷きながら自らの見解を口にする。

「ですね。あの合成獣キメラの一件で運よくB-にランクアップしただけでしょうに」

 金髪の男の名はハット=カルーアといい、緑髪の男はフェスロ=ハンバードという。二人はそれぞれこの街のレギオン「風狼ふうろうの牙」と「ブリガンダイン」のレギオンマスターである。どちらもレギオンの規模自体はそれほど大きくはないものの、それなりの陣容を揃えている。数多くの討伐依頼が揃うリアベルの街は、自らの実力を高められ、かつ安定して収入を得られるとあって、冒険者にとって魅力的な場所なのだ。
 二人の言葉は、周囲の喧騒けんそうに紛れて当人までは届かない。そうして聞こえないのをいいことに、陰口を叩き続ける彼らの周りには、いつの間にか同じような気持ちを抱く輩が集まってきた。
 皆、あのキメラの一件に直接携わらなかった人間である。もしあの戦闘に参加していたならば、ツグナへの認識はもっと違うものになっていただろう。
 あれから数か月以上の月日が流れた現在でも、キメラを街から退しりぞけた事件は、このリアベルに住む者ならば一度は耳にしたことがある話だ。
 その功労者は主に二人。一人は、この街の勢力の一角であるレギオン――「炎熱の覇者」のマスターであるリベリオス=カリギュラス。彼が前線に立ち、敵の攻勢をその卓抜した指揮と剣で支えたことは、冒険者の間で語り草になっている。
 もう一人は、当時冒険者として登録して間もなかったツグナだ。身の丈に合わぬ巨大な刀で、ボスであるキメラを両断したさまは、冒険者の間でも話題になったものだ。しかしいかんせんリベリオスに劣る知名度から、それも短期間の内に雲散霧消してしまった。もっとも、これには彼の容姿もいくらかの要因があり、年端としはも行かぬ少年ということで、実際に見ていない者は「冗談だろ」とまともに取り合わないことが多かったためでもあった。
 そして、今憎々しげな視線をツグナ達に送る彼らは、まさにそのキメラの一件を目撃しなかった者達である。

「クソッ……あの野郎が手つかずの依頼を根こそぎさらっちまう。俺達がありつける依頼が減っちまう」
「確かに。加えて、あれだけの量を少人数で成し遂げてしまうのですから、さぞや貯め込んでいる報酬額もたんまりとあるのでしょうね」

 ハットが忌々しそうに舌打ちをして呟いた言葉に、フェスロが頷きながら同意を示す。彼らは先ほどからギルドの中央に設けられた掲示板の方へと顔を向けながら何度かそうした言葉をぼやいていた。

「あぁ、俺は以前この街に来たこともあるが、あの時よりも依頼の数が減っているように思う。もしそれが事実なら……いずれ俺達が受けられる依頼の数も減るだろうよ。そうなったらそれこそ飯の種がなくなっちまう」

 ツグナ達が受ける依頼は、ギルドに長期間張り出されたまま手つかずとなっている依頼――いわゆる「塩漬け依頼」と呼ばれるものや期限ギリギリのものが中心だ。とはいえ中には若干の通常依頼も含まれ、彼が訪れた直後はどうしても掲示板が物寂くなってしまうのだった。

「クソッ……あのドブさらいが」

 口をへの字に曲げ、ハットは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべてそう吐き捨てる。ドブさらい――それは、いつも大量の依頼を受け、短時日たんじじつのうちに消化してしまうツグナを指す言葉だった。ふらりと現れては張り出された依頼をことごとく受けてしまうそのさまが、まさに川底に溜まった泥を掻き出すに似る、と言いたいのだ。

「それにしてもうらやましい野郎だ。珍しい狐人きつねびと族、妖精族、人族の双子の女を連れてやがるんだからな……俺も正直あの中に交ざりてぇよ」

 ののしり合っていた男達の会話に、さらに野太い声が重なる。冒険者達がふとそれが聞こえてきた方へと目を向ければ、そこには毛むくじゃらの屈強な男の姿があった。これがもし街の外であれば、間違いなく盗賊かと思うようなちである。

「あぁ、お前か」

 ちらりと発言者を確認したハットが呟くと、毛むくじゃらの男が「おぅ、お前達の会話が耳に入ってな」と答える。
 この毛むくじゃらの男は名をバルバド=ゴリンズといい、ハットやフェスロと同様、「圧壊王ハルグリア」というレギオンを率いるレギオンマスターでもある。
 彼は、その目を再びツグナ達へと戻した。

「あの野郎の周りにいる女共は、皆かなりの上玉だ。売ってもよし、遊んでもよしだなんて夢のようだぜ……今から色々と仕込んでおけば、まず間違いなく将来たっぷりといい思いを味わえるだろうよ」

 いやしい笑みを浮かべ、粘ついた視線をソアラ達に向けたバルバドは、そんなことを呟きながら手をまさぐる。その言葉に釣られるように、男達のだらしない視線が続く。

「……なるほど。そういう考えもあるわけですか。遊ぶうんぬんは置いておくとしても、確かにあの女共はかなり腕が立つのでしょうね。もし売れれば、かなりの額が舞い込んでくるに違いない。手元に置いておくとしてもあの実力です。さぞやレギオンに貢献してくれるでしょうね。それを聞くと、ますます奴は私達にとって目障めざわりな存在となりますね」

 フェスロの分析にハットも「なるほど」と頷く。だが、いくら目障りだと言ったところでそれは所詮自分達が羨みねたんでいるだけに過ぎない。彼は、頭に浮かんだ懸念をそのまま言葉にする。

「だが……どうすればいい? 確かに目障りに違いないが、さすがに力づくであいつらのレギオンを解散させ、メンバーを引き抜くことは無理だと思うが」
「そうだな。当人が望んだのならいざ知らず、他人が無理矢理レギオンのメンバーを引き離すことはできんだろ」

 話を聞いていたバルバドも、歯嚙みしながらハットの意見に同調する。しかし、フェスロはニヤリと口角を上げた。

「なら――『奴は大したことない』と思わせればいいだけの話ですよ。私達が手を汚さずとも、そうした感情を抱かせることはできるでしょう?」

 そう言った彼の目の奥には、怪しげな光が灯っていた。


 一方、ギルドの受付にはツグナとユティスの姿があった。受け取った申請書をチェックしたユティスは所定の手続きにのっとり、レギオンの登録作業を行う。

「はい、これで手続きは完了ね」

 ツグナがカウンターの上に返却されたカードを手に取ると、そこには名前と共にレギオンを象徴する印象が刻まれていた。その印は、申請書を出す直前になってソアラ、キリア、リーナ、アリアの四人から提案されたものである。
 レギオン「ヴァルハラ」の刻印――それは、広げられた一冊の本と刀が表されたものであった。

「うん、確かに」
「それと、はい……これ」

 申請書を片付けたユティスは、カードを確認していたツグナの前にドサリと袋を置いた。わずかに開いた袋の口からは、金貨や銀貨が覗いている。耳に届いた音からは、中身が相当な重量だと判断できた。ツグナは袋の中に入っているものをさっと確認すると、すぐにアイテムボックスの中に仕舞い込む。

「それにしても、『ヴァルハラ』なんて……神の住まう宮殿っていったっけ? また大層な名前を付けたものよね。もし神様がいるんだとしたら、一度会ってみたいけど」

 冗談めかしてそんなことを言うユティスに、ツグナは「あはは……」と愛想笑いを浮かべることしかできなかった。

(俺はもう既に何度か神様に会ってるんだけどな……)

 そんな思いを胸中に抱きながら、ツグナは仲間と共にギルドを後にする。そんな彼らに、静かな狂気が襲いかかろうとしていた。



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