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1巻

1-2

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 でも、三日経っても誰一人として会えないってことは、近くにはいないのかも。
 後ろ髪を引かれる思いだったが(髪短いけどね)、俺は進むことにした。
 ホーンラビットを見かけた方角へ行こう。正しい方角なんて分からないけど、ホーンラビットは草原の外から来たのかもしれない。淡い希望にかけてみることにした。


       ◆ ◆ ◆


 三日目の午後二時。未だ景色が変わる様子はない。
 地図も真っ赤な画面のまま青点が白線を引き続けている。多分だけど、この地図の縮尺は俺を中心に半径五キロくらいだと思う。
 今の俺の歩行速度が時速三キロくらいと想定すると、それくらいかな。
 それにしても、これだけ広い草原で昼間のホーンラビット以外の動物に遭遇しないのはなぜなんだろう? 虫の声すら聞いていない。


 午後五時を回った。正直もうクタクタだけど、少しだけ変化があった。
 昼間よりも暖かくなってきた気がするし、今まで平らだった地面に少し傾斜が出てきた。百メートルくらい先が丘になっていて向こう側が見えない。
 肩で息をしながら丘を登る。これで何もなかったらもう倒れてしまうかも……。
 俯きながら無心に歩く俺の耳に、「カァー、カァー」というカラスのような鳴き声が聞こえた。
 バッと顔を上げて、丘の向こうを目指して全力疾走した。思ったより急勾配きゅうこうばいだったが、そんなことを気にしていられない。

「ハァハァ、なんとか、登り、きった……あっ!」

 丘の頂上から見える景色に声を上げた。丘を下った先に舗装ほそうされた石畳の街道が見えたのだ。

「や、やったー! 草原を抜けたんだ!」

 喜びのままに丘を駆け下りすぐさま街道に足を乗せた。嬉しさと疲れから街道に寝っ転がり大の字になる。このまま眠ってしまいたい……。
 草原を脱出できた俺は喜びのあまり、『世界地図』に新たな点が浮かび上がっていることに全く気が付いていなかった。

「M#wy、k$q+b:Q!」

 聞きなれない言葉に、俺は声の方へ顔を向けた。草原とは反対側から人が駆け寄って来る。
 その姿を見た俺は目を見開いた。
 そこに現れたのは、輝くような黄金の髪をなびかせる美しいお姉さんだった。だが俺が凝視したのはその美しい容貌ではなく、お姉さんの左右にあるとがった二つの耳だった。

「P&#$KLtr*D?」

 お姉さんの耳も気になるけど、何言ってるのかさっぱり分からない。どうしよう……。


【技能スキル『翻訳レベル1』を行使します】
【翻訳対象:エクトラルト語】


「君、聞いてるの!?」
「えっ!? あ、はい……」

 突然お姉さんの言葉が理解できるようになった。勝手にスキル『翻訳』が発動したらしい。

「あなた、今あの丘から降りてこなかった?」

 なぜかお姉さんはとても不審そうな面持ちだ。どうしたんだろう?
 ……それはそうと、寝転がってる俺の視界が大変なことに。お姉さんの胸が、物凄ものすごい!
 多分測ったら三桁いくんじゃない? 幼馴染の亜麻音なんて絶壁もいいところだぞ。
 ……うん、ここに俺一人でよかった。あいつ、胸のことになると神懸かみがかり的に反応するから。
 目の前にいたら飛び蹴りものだった。危なかった……。
 あ、俺が余計なことを考えていたせいで、お姉さんが待ちくたびれてしかめっ面だ。

「質問に答えなさいよ!」
「ああ、ごめんなさい。そうですよ。あの草原から出てきました」

 正直に質問に答えると、お姉さんは「信じられない」と言いたそうな顔だ。俺と草原のほうを交互に見比べている。この人、なんで俺に声を掛けてきたんだろう? 鑑定してみるか。


【技能スキル『鑑定レベル1』を行使します】
【 名 前 】エマリア・ステインバルト
【 性 別 】女
【 年 齢 】56
【 種 族 】妖精種(エルフ)
【 職 業 】精霊射手スピリチュアルアーチャー(レベル18)
【 レベル 】21
【 H P 】247/310
【 M P 】462/565
【 S P 】159/233
【物理攻撃力】135
【物理防御力】90
【魔法攻撃力】378
【魔法防御力】321
【 俊敏性 】350
【 知 力 】155
【 精神力 】204
【  運  】40
【固有スキル】『精霊の聞き耳』
【技能スキル】『精霊弓術レベル3』『命中補正レベル3』『連撃レベル2』
【魔法スキル】『風魔法レベル3』『水魔法レベル2』『土魔法レベル1』『植物魔法レベル1』
【 称 号 】『精霊の森の狙撃手』


 このお姉さん、俺より断然強いや。襲われたら勝てないなぁ。
 ていうか、五十六歳なの!? どうみても二十代前半くらいにしか見えないよ?
 それに種族も俺のヒト種と違う。妖精種って何? でも、エルフっていうのは聞いたことあるぞ。

『エルフは長命でずっと若くて美人なんだぜ!? 結婚するならエルフがいいな! える!』

 確か親友の大樹がそんなこと言っていたような。『もえる』って、何が燃えるんだ?
 そういえば字が違うとかなんとか言ってたような……何だったかな?

「君、本当にこの草原から……『メイズイーターの草原』から出てきたの?」

 お姉さん改めエマリアさんは、草原のほうを見ながら問いかけてきた。

「? そうですよ? ところで『メイズイーター』って何ですか?」
「はあ!? あなたメイズイーターが何か知らずにこの草原に入ったの!?」
「入ったというか、いつの間にか居たというか……」
「……どういう意味?」
「さあ? 本当に気がついたらあの草原に寝転がってて……」

 俺が説明してほしいくらいだ。「教室のドアを開けたらそこは異世界の草原でした」なんて、どこで誰に言っても「ちょっと、脳の解剖かいぼうでもしようか?」と言われるに決まっている!

「……嘘はついていないみたいね」

 ん? 今、俺を見つめて耳に手を添えただけだよね?
 それでどうして信じてくれたんだろう? まあ、いいか。ふぅ、と安堵あんどの息を吐く。

「それで、どうしてこんなところに大の字になって寝てるわけ?」
「やっと草原を抜けた安心感と疲れてもう動きたくないからですかねぇ」
「あの草原を抜けるんだもの、疲れて当然ね。それにしてもよく脱出できたわね」
「あの、メイズイーターっていうのは……?」
「いい? あの草原は『メイズイーターの草原』と呼ばれる、土地の姿をした魔物よ。メイズイーターは草原に擬態ぎたいして、入って来た獲物を捕食するの。直接襲いはしないけど、代わりに絶対に草原から出さない。一度草原に入った者は、メイズイーターの固有スキル『終わりなきエンドレス旅路ジャーニー』で方向感覚を失い、同じところをうろうろして、最終的に力尽きて死んでしまうのよ。メイズイーターはその死体を栄養分として捕食するの」

 ……『世界地図』で見た俺そのままではありませんか!? や、やばかった!
 改めて地図を見ると、草原の部分だけが赤い。街道を挟んだ反対側は灰色で表示されている。
 赤色は魔物を示しているってことか。
 俺は草原の方を見ながら顔面蒼白そうはくになってしまった。

「本当に知らなかったのね。そんな青い、いえ白い顔しちゃって可哀相かわいそうに」

 哀れな子羊を見るような眼をしたエマリアさんに俺は引きつった笑顔しか見せられなかった。

「大変だったのは分かったけど、そろそろ立ちなさい。もう日が暮れるから野営しないと」
「えーと、付いていってもいいんですか?」
「仕方ないでしょう。君、見たところ武器もないようだし。この辺に魔物はいないけど、夜盗が出ないとは言い切れないしね。それに子供を放っておくなんて大人としてできないわ」

 ……コドモ? 思わず首を傾げてしまった。え? 子供? 俺が?

「あの、俺のこといくつだと思って……」
「まだ十三歳、いえ十一歳くらいでしょう? 安心しなさい、ちゃんと守ってあげるわよ」
「いや、俺もうすぐ十七歳になるんですけど……」
「もう、何を言ってるの、君?」
「本当ですって!」

 あ、またさっきと同じように耳に手を添えた。何か意味があるのかな?
 しばらくすると、エマリアさんは驚愕きょうがくの表情で俺を凝視して叫んだ。

「嘘……信じられない。こ、こんな、こんな小さい子が、もう成人しているなんて!」

 エマリアさんは、俺がメイズイーターの草原から脱出した時以上に大きな声を上げていた。


       ◆ ◆ ◆


 こんばんは。異世界の漂流者、真名部響生です。年齢は十六歳、あと二ヶ月くらいで十七歳になる高校二年生です! 繰り返します、高校二年生です!
 身長百六十六センチ、体重五十七キロと、体格が小さいことは自覚しているものの、今まで小学生に間違えられたことは全くなかった。
 繰り返します、全くなかったんですよ!

「ご、ごめんなさいね。まさかその身長でもう成人していたなんて思いもしなくて……」

 ぐふっ! 金髪エルフのお姉さんがまたしても俺の精神をえぐる一撃を!
 どうもこの世界のヒト種の、成人男性の平均身長は百八十センチ前後らしい。
 百六十センチ台の大人はかなり珍しいらしく、つまりこの世界の十二歳前後の子供の平均身長がそれくらいで……。
 ちなみに、エルフのエマリアさんの身長は百七十三センチだそうです。
 きらめく美貌とモデルのような高身長、すらっと伸びた美脚。形の整った美巨乳。もちろん腰はキュッと締まっていますとも!
 容姿のコンプレックスなんてないんでしょうね、エマリアさんは。くっ!

「キニシナイデクダサイ。ダイジョウブデス」
「そんな片言で言われても……」

 あと、この世界では十五歳からもう成人らしい。つまりこの世界で俺は大人なわけで……。
 きっと、これからも子供に間違えられるんだろうなぁ。大きなため息をつかずにいられない。
 俺達が野営をしているのは街道から少し離れた場所だ。
 この二日間寒暖の差が激しかったけど、今は快適だ。それもメイズイーターの固有スキルの影響だったみたい。
 環境を操作することで、獲物が早く息絶えるように仕向けているそうだ。

「そ、それはそうとホーンラビットの肉を提供してくれてありがとう。私も食料が尽きてしまって困っていたところなのよ。この辺は獲物が寄り付かなくて……」

 ちょっと落ち込みすぎたみたい。エマリアさんが俺の気をまぎらわせようと必死だ。
 わたわたと慌てる様子が大変可愛らしい。流石に気遣いを無駄にはできないな。

「俺もホーンラビットの解体をしてもらえて助かりました。ありがとうございます」

 ペコリと頭を下げて笑顔でお礼を言った。エマリアさんも安心したのかホッと息を吐く。

「それじゃあ、お互い様ってことで食べましょう。もう十分煮えているはずよ」

 ホーンラビットの肉を使って、エマリアさんが煮込みスープを作ってくれた。その辺の草や木の実を混ぜ、手持ちの調味料で作ったサバイバルな感じのスープだ。でも、すごく美味しそうだ。
 香りはコンソメスープに似ている。食べられるなら何でもいいと思っていたけど、これは予想外だ。腹ペコ全開の俺は我慢の限界です!
 ――ぐぎゅるるるるるるるるるるるる!

「さあ、し上がれ」
「いただきます!」

 俺の腹の虫を聞いて苦笑するエマリアさんにスープをよそってもらった。
 スプーンを使わず、うつわからスープを一気に口に運んだ。食べるというより、空っぽの腹に栄養を流し込む作業に近い。空腹すぎてスープの味を楽しむ余裕なんてなかった。
 スープの熱さにも気が付かず、ものの一分でたいらげると俺はお代わりを要求した。


 そんな俺に、口をぽかんとさせていたエマリアさんは、まだスープを一口も食べていなかった。
 苦笑しつつもお代わりを用意してくれるエマリアさんに感謝しつつ、最終的にスープの八割くらいは俺の腹に収まった。

「ごちそうさまです。おなかいっぱいだ~」

 三日ぶりの満腹感に浸った俺は、お腹を押さえて横になった。ちょっと一休み。
 まあ、当然というか何というか、三日分の疲れが一気に来たようで、俺はそのまま朝まで熟睡じゅくすいしてしまった。


       ◆ ◆ ◆


 もう眠ってしまったのね。会ったばかりの私の前でこんなに無邪気むじゃきな寝顔を見せて、なんて無防備な子なのかしら。……違った、成人しているんだったわ。なら、尚更よね。
 私、エマリア・ステインバルトがこの場にいるのは偶然ではなかった。
 固有スキル『精霊の聞き耳』――私は精霊の声を聞くことができる。
 この世をべる神々に仕える精霊達は他者の嘘を見抜く力を持っている。それ以外にも有用な情報を知らせてくれるので、私はこのスキルを重宝ちょうほうしていた。

『東へ。そこに大切なモノが落ちてくる』

 でも、精霊達が自ら話し掛けてくることなんて初めてだった。
 今までの彼らの声といえば、『あの子は嘘つきね』とか『いい子ね。正直者は好きよ』という程度。獲物を狩る際には『あのイノシシを狩るのね? 後ろのイノシシの方が脂が乗っていて美味しそうだわ』と、現在の状況について口にするだけだった。
 こんな、予言めいた言葉なんて、ましてや私が耳を傾けていもいない状況で話し掛けてくるなんて十分な異常事態。
 精霊の導きのままに東へ向かった。その先にあるのはかの有名な『メイズイーターの草原』。
 大陸でもトップクラスの危険地帯。あまりの危険性に草原の隣にある街道を使う商人はいなくなったと言われている。
 警告の立て札を立てたり、壁を建設して隠そうともしたらしいけど、メイズイーターにズブズブと呑み込まれてしまったそうだ。
 こんな危険地帯のそばに、何が落ちてくるというの?
 日暮れ前に街道まで辿り着いた私はあたりを見回したけど、それらしい物は何もなかった。
 大切な物って一体何なの? 助けが必要な精霊がいるとか?
 疑問に思いながらキョロキョロとあたりを見回していた私は、ありえない光景を目にした。
 正面の草原の丘から人影が現れたのだ。
 ……いやいや、ありえないでしょ。でも、確かにその人影は草原から飛び出し、街道の上に寝転がった。
 目をこすり、もう一度確かめたけれど、やはり嘘ではないみたい……。
 あの『メイズイーターの草原』から子供が飛び出してきたのだ!
 未だに信じられない気持ちでいっぱいだった。駆け寄った先にいたのはまだ十三、いや十一歳くらいの子供。私が話し掛けてもキョトンとしていた。
 ようやく返事が来たと思うと、やはりこの草原から出てきたと言われた。

『まあ、嘘つき呼ばわりするつもり!? 酷いわ!』

 精霊に耳を傾けた私に返ってきたのはそんな言葉だった。……まさか、本当に?
 もしかして、この子が精霊の言っていた大切な物なの?
 ……その問い掛けに精霊は答えてはくれなかった。
 ただ、私にはもう一つ驚愕の事実が……。まさか、目の前のこの子が成人していたなんて!
 十六歳!? 嘘でしょう!?
 ああ、子供扱いされてショックを受けてしまったみたい。話題を変えるのに苦労した。彼が話に乗ってくれてよかった。確かに思ったよりは子供ではないのかしら?
 まあ、早く食事にしたかっただけかもしれないけど。
 彼の話ではあの草原に三日もいたらしいし、空腹なのは仕方がない。あの草原の中では食料なんて手に入らなかったでしょうしね。でも、スープを八杯も飲むとは思わなかったな。
 明日の分も一緒に作ったつもりだったけど……肉はまだ残っているから明日また作ろうかな。
 で、お腹いっぱいになったから眠ってしまったのね。
 この姿だけだとやっぱり子供に見えるのよねぇ。ふふ、可愛い。
 それにしても彼、ヒビキは一体どこから来たのかしら? 彼の着ている服、一見薄着で簡素に見えるけど、生地きじも編み込みもとても上等な物だわ。
 それに、よく見ると彼の手は全く荒れた様子がない。畑仕事も水仕事もしたことがないみたい。
 こうやって私の前で眠っている姿といい、全く危機感が感じられない。
 まさか、どこかの貴族だったりして。……あの性格で貴族ってことはないわよね、素直すぎる。まあ、詳しいことは明日にでもまた聞けばいいわね。私も寝ようっと。
 風の魔法で警戒の結界を張って……よし、これで大丈夫。
 私は持っていた毛布を被り眠りについた。

『ありがとう、守ってくれて』

 おぼろげな意識の中で、誰かの優しい声が聞こえた気がした。


       ◆ ◆ ◆


 終業式の前日、俺は親友の大樹の家に行った。その日は彼の誕生日だったからだ。

「誕生日おめでとう、大樹。はい、プレゼント」
「おお、サンキュー。……て、こ、これ! 『魔女っ子エルフ! スタナチアちゃんの冒険』のスタナチアちゃん限定フィギュア『裸エプロンスタナチアちゃん』じゃねえか!」
「欲しいって言ってたもんね、大樹」

 俺の親友、新藤しんどう大樹はアニメ・ゲームが趣味な男だ。
 俺よりも大きな体格、きたえれば鍛えた分だけ筋肉がつきそうな体躯をしているが部活はやっていない。趣味の時間が優先なんだそうだ。

「すげえよ! 数量限定で予約抽選かられて絶対手に入らないと思ってたのに! ああ、完璧だ! 第十八話のお色気悩殺ポーズが完全再現されてる! やっぱりあの原型師は最高だ!」

 アニメもゲームも全くたしなまない俺にはよく分からなかったけど、どうやらこのプレゼントは当たりだったようだ。よかった、よかった。
 大樹はさっそく箱から人形を取り出して、他の人形も並ぶ棚の空きスペースにそれを飾った。裸エプロンの人形を堂々と飾るあたり、勇気があると思う。

「か・ん・ぺ・き!」

 まあ、本人が喜んでいるからいいんだけどさ。

「でもよかったの? そういう人形って箱から出さずに保存する人もいるんでしょ?」

 俺が質問すると、大樹がキリッと真剣な顔をして答えた。

「もちろん、フィギュアの状態を維持したくて箱のまま残す奴もいる。うん、それも理解できる! だが、俺はちゃんと箱から出して直接でたい派だ。二つ買えるものなら一つは保存するがな!」
「そういうものなんだ」

 ごめん、俺にはよく分からないや。

「それよりこれ、どうやって手に入れたんだ? 店頭販売はおろか、通販でも販売してなかったはずだぞ? ネットオークションでも見なかった」
「ああ、これ? この前知り合ったお姉さんがくれたんだ」

 おや? さっきまで超喜んでいた大樹が苦々にがにがしい顔に変わったぞ? どうしたんだ?

「かああああああ! またお姉さんかよ! 本当にお前はすぐにお姉さんと仲良くなるよな!」
「そうかな? お兄さんとも仲良しだけど? みんな優しいよ?」
「そういう意味じゃないから!」

 じゃあ、どういう意味なんだろう? 俺が首を傾げる姿を見た大樹は、何か諦めたように大きくため息をついた。

「まあ、今更だな。お前のお姉さんホイホイのおかげで今回俺も欲しい物が手に入ったわけだし。……ところで、そのお姉さんってどんな感じなんだ? 美人か?」
「うん、すごく綺麗な人だよ? 確か二十五歳だったかな? ハーフなんだって。腰まで長い天然の金髪でサラサラヘアだった。顔つきも西洋人形みたいに整っていて、背も高かったな。スタイルもよかったし、ヒールがよく似合ってた。あと胸がすごく大きかった。どこかの出版社で働いているんだって」
「……ちなみに、瞳の色は?」
「瞳? うーん、確かエメラルドグリーンだったような……」
「マジかよおおおお! それで耳が尖ってたら完全に俺の理想のエルフお姉さんじゃん! 俺も会ってみてええよおおおお! 妬ましいなああああああ!」
「あ、そういえばお姉さんが『親友君に私のことをよく言っといて』って言ってた。大樹のプレゼントも用意してくれたし、大樹に気があるのかもよ? あれ? でも、大樹はあのお姉さんと会ったことないよね?」
「完全に俺をダシにしてお前好感度上げようとしてるじゃん! 外堀から埋めに来てるよ!」
「外堀?」

 大樹が何を言いたいのかよく分からなかったが、楽しすぎて、いつの間にか時間を忘れてしまっていた。結局、深夜まで一緒に遊んだ。

「今日は泊まった方がいいんじゃないか? もう深夜二時だぞ?」
「大丈夫だよ。ちょっと眠いけど、制服も家にあるし。朝一で家に帰るのも面倒だしね」
「そうか。でも遅刻するなよ?」
「うん、分かってる。また明日」
「おう、また明日。今度そのエルフ風のお姉さんを紹介してくれよ。一度会ってみたい」
「うん、お姉さんに聞いてみるね」

 大樹と別れた俺は家に帰るとそのままぐっすり眠った。そして大樹が心配していた通り、しっかり寝坊をしてしまった。朝食を食べていなかったから途中でコンビニに寄って、パンと水を買って急いで学校へと走った。
 間に合わないと思ったけど、ギリギリホームルームの開始時間に俺は教室の扉を開けた。
 そこから、何があったのかよく思い出せない。視界が光でいっぱいになって、意識が遠のいてしまった。

『ようこそ、異世界へ。君の人生に幸あらんことを願っているよ』

 ……? 今、誰か俺に何か言った?


       ◆ ◆ ◆


 暗闇に包まれていた視界に一筋の光が生まれる。鮮烈ではなくぼんやりとした光だったが、意識を覚醒させるには十分で、俺はまぶたをゆっくり開いた。

「……アサ?」

 朝というにはまだ早い時間らしい。まさに黎明れいめいの空といった感じで、空はまだ薄暗く、山との境目にほんのりと陽の光が広がりを見せようとしていた。
 どうも夕食の後、一休みをしたつもりがそのまま眠ってしまったらしい。
 お礼もせず眠ってしまって、エマリアさんに悪いことをしてしまった。後でお礼を言わないと。
 それにしても、さっきまで夢を見ていた気がする。確かこの世界に来る直前の夢かな? 大樹の誕生祝いをした時の夢。
 ……そういえば誰か知らない人の声を聞いた気がするけど、気のせいかな?
 やっぱりホームシックかな? 高校生にもなってたった四日でホームシックとは、我ながら情けない。帰り方が分からない異世界だと仕方がないのかもしれないけど。
 それともエマリアさんに会ったからかな? 確かあの日は大樹からエルフのお姉さんがどうのって言われていたし、記憶を刺激されたのかも。
 よくよく考えるとエマリアさんって大樹の理想のエルフのお姉さんだよね。ごめんね、大樹。俺の方が先にお前の理想のお姉さんと出会っちゃった。
 ふう、それにしてもまだ少し眠いな。
 欠伸あくびをしながら起き上がると、俺の上に外套がいとうが掛けてあった。エマリアさんが掛けてくれたのかな? 彼女が起きたら本当にお礼を言わないと。
 スマホによると今は午前四時半くらい。黎明の空は綺麗だけどやはり早く起きすぎた。
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