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歴史に名を残さなかった二人の少女。彼女たちは、異なる時代に同じ“眼”を開いた。
――応永年間、京。
陰陽師・賀茂定棟の妹、賀茂静は、女であることを理由に陰陽寮へ入れず、兄の屋敷で暦を書き写す日々を送っていた。
ある日、御所から一匹の白狐が逃げ出す。
それを境に、昨日とは内容の違う公文書、月明かりと逆向きに伸びる影、存在していたはずの人間を誰も思い出せなくなる怪異が、都を静かに侵食していく。
事件はやがて、陰陽師が狐を使って帝を呪ったという「狐使役呪詛」として処理されようとする。だが静には見えていた。
狐は誰かを呪っているのではない。もっと恐ろしい何かから逃げているのだ。
幼い頃にもらった赤い紐の腕輪と、そこに結ばれた小さな珠。価値のない飾りにしか見えなかったそれは、静に“この世界から外れた道”を見せ始める。
そして時は流れ、昭和十九年。
戦争の終わりが見えない日本で、水城律は出口王仁三郎のもとに身を寄せていた。
律が持つ古い耀盌の水面には、ときおり、まだ起きていない出来事が映る。
しかし、それは未来を言い当てる予言ではない。
空襲を逃れる町。別の場所で炎に包まれる人々。助けた一人が原因となって、さらに多くの命が失われる可能性。
見えるのは、選ばれなかった未来の断片だけ。
軍も、役人も、信奉者たちも、その力を自分たちのために利用しようとする。一方、律の周囲では、記録の改竄、存在しない命令書、他人の顔をした追跡者が現れ始める。
静が遺した狐火。律が覗く耀盌。二人を導く、欠けた珠の残響。
未来を見る力があるのなら、人は悲劇を防げるのか。それとも、未来を変えようとする行為こそが、新たな悲劇を生むのか。
五百年の時を隔てた二人の選択が、まだ生まれていない一人の少年へとつながっていく。
これは英雄として記録されなかった者たちが、奪われた因果に抗った物語。
そして、長い輪廻の始まりを告げる修羅の記録である。
文字数 63,859
最終更新日 2026.08.11
登録日 2026.08.05
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