かおるこ

かおるこ

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現代文学 完結 短編
『はんこは押さない ~「誰が養ってやってる?」と言った夫へ、判決です~』 あの夜 あなたは言った 「誰が養ってやってると思ってる?」 熱にうなされる娘の額よりも あなたのプライドのほうが 大事だった夜 私は 床に落ちた離婚届を拾いながら 初めて知った 紙よりも軽いのは あなたの言葉だということを 寄生虫、と 笑ったわね でも 寄生虫は 宿主がいなければ 生きられない さて それはどちらだったのかしら あなたは 「俺の金」と言った ええ 確かに、あなたが稼いだ けれど 法律は知っている 婚姻とは 支配ではなく 責任だと 算定表の数字は冷たい けれど正確 二十四万円 それは復讐ではない 生活 あなたが拒んだ 父親としての生活 あなたは自由を望んだ 自由は 無料ではない はんこは押さない それは執着ではなく 宣告 「養ってやってる」と言った その瞬間から あなたは 支払う側になったの 私は泣かない 私は怒鳴らない 私は 待つだけ 判決が ゆっくりと あなたの給料日に 降りてくるのを はんこは押さない それは愛の拒絶ではない 無価値だと切り捨てられた 私の存在証明 そして最後に 私が押すとき それは あなたを解放するためではない 私が もう あなたを必要としなくなった その証明
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小説 8,885 位 / 220,377件 現代文学 93 位 / 9,249件
文字数 25,698 最終更新日 2026.03.08 登録日 2026.02.17
現代文学 完結 短編
『5年寝たきりの義母を看取ったその日に、夫が離婚届を差し出してきました』 白い百合の匂いが まだ指先に残っている夜だった 焼香の煙は 天井に溶けて やっと静かになったはずの家で あなたは言った 「もう、自由になりたい」 自由 その言葉が 湯のみの縁を伝う水滴みたいに ぽたり、と畳に落ちた 私は 五年分の夜を思い出す 痩せた背中をさすった手 乾いた唇に含ませた水 何度も何度も洗ったシーツ 「ありがとう」と かすれた声で言った義母の 最後のぬくもり あなたは その部屋にほとんど来なかった 「仕事だから」 「疲れてるんだ」 「母さんも、わかってる」 わかっていたのは 私だけだった 今日 骨壺が軽くなった分だけ 私の肩も軽くなるはずだった なのに 差し出された紙は 思ったより薄く 思ったより冷たかった 「サインしてくれ」 あなたは言う まるで回覧板のように 私は その紙を見つめる 涙は出なかった 五年間 泣く暇なんてなかったから 「いいよ」 そう言ったとき あなたは少し驚いた 自由になりたいのは どちらだっただろう 夜の静けさが 窓の向こうで揺れている 私は 白い花の匂いを胸いっぱいに吸い込む やっと終わった 介護も 結婚も そして静かに思う 看取ったのは 義母だけじゃない あなたとの未来も 今日、ちゃんと 火葬したのだと
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小説 8,885 位 / 220,377件 現代文学 93 位 / 9,249件
文字数 34,106 最終更新日 2026.03.08 登録日 2026.02.24
現代文学 完結 短編
「ハンコ押せと言った夫へ ― 40年の結婚、最後の逆転」 四十年という時間は 静かな川のように流れていた 朝の味噌汁の湯気 干した洗濯物の匂い 子どもの笑い声 それらの中に あなたはいつもいた 若い日のあなたは 夢を語り 大きな手で未来を描いていた でもある日 その手は震えていた 借金という重さに 押し潰されそうになりながら 畳に額をこすりつけ 涙を落としていた あの日 私の父が言った言葉を あなたは覚えていますか 「娘を泣かせるな」 あのとき 私は信じていた 人は やり直せるのだと 四十年 長かったようで 短かったようで あなたの弁当を作り あなたの母を送り 子どもを育て 私はただ 静かに 妻でい続けた でもある日 病室の白い光の中で あなたは言った 「ハンコ押せ」 まるで 古い書類でも捨てるように 「下の世話なんてゴメンだ」 その言葉は 冬の風のように 胸を通り抜けていった 驚きよりも 悲しみよりも ただ 静かな終わりの音がした 思い出は 消えないけれど 約束は 消えてしまったのですね 父の言葉も あの日の涙も あなたの中では 遠い昔になっていた だから私は やっと気づいたのです 四十年は 我慢の時間ではなく 歩いてきた 私の人生だったのだと あなたが 終わりを選ぶなら 私は はじまりを選びます あの日 あなたが差し出した 一枚の紙 けれど 最後に ハンコを押すのは あなたではなく きっと 私の方でしょう。
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小説 7,463 位 / 220,377件 現代文学 77 位 / 9,249件
文字数 25,287 最終更新日 2026.03.04 登録日 2026.03.04
ファンタジー 完結 短編
『婚約破棄され隣国に追放された男爵令嬢は、前世“介護士”の記憶で王子に溺愛され人々を幸せにする』 その日、 わたしは王宮の真ん中で 名前を失った。 「婚約は破棄する」 その一言で、 未来は紙のように破られ、 わたしは風の中へ放り出される。 男爵令嬢。 それだけが肩書きだった。 愛されるはずの立場から、 疑われ、切り捨てられ、 隣国へ―― 追放。 けれど。 雪の積もる馬車の中で、 もうひとつの記憶が 静かに目を覚ます。 白い廊下。 消毒液の匂い。 震える手を握った、あの夜。 「大丈夫ですよ」 前世のわたしは 介護士だった。 誰かの終わりに寄り添い、 誰かの痛みに耳を澄ませ、 誰かの尊厳を守ろうと 何度も夜を越えた。 追放令嬢のわたしには 魔法も剣もないけれど、 “支える”ことなら、 誰よりも知っている。 隣国の城は、冷たかった。 けれど人の心は、 どこでも同じ温度で揺れている。 疲れた侍女。 傷を抱えた兵士。 眠れない王子。 その孤独を見つけてしまう目を、 わたしは持っている。 「君は、なぜそこまで人に優しい」 そう問われて、 わたしはただ首を振る。 優しさじゃない。 当たり前にしたいだけ。 泣きたいときに泣ける国。 老いても捨てられない城。 弱いままで、生きていける世界。 王子の手が、 はじめてわたしの指に触れたとき、 それは命令ではなく、 懇願でもなく、 ただの―― ぬくもりだった。 溺愛とは、 囲うことではなく、 「君が倒れたら困る」 と本気で言うこと。 ざまぁとは、 誰かを踏みつけることではなく、 誤りが、 静かに正される瞬間。 追い出された娘は、 もう泣かない。 泣く時間があるなら、 誰かの手を握る。 握られた手が、 やがてわたしを支える。 婚約を失っても、 国を追われても、 “支える力”は 奪われない。 そして気づく。 幸せは、 与えられるものじゃない。 小さな体温を 一つずつ 手渡していくこと。 追放の果てに咲いた花は、 王冠よりもあたたかい。 わたしはもう、 捨てられた令嬢ではない。 誰かの明日を そっと整える人。 そして―― わたしを溺愛する王子は、 知っている。 支える者こそが、 この世界を いちばん強く 変えていくことを。
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小説 15,758 位 / 220,377件 ファンタジー 2,586 位 / 51,243件
文字数 77,110 最終更新日 2026.03.01 登録日 2026.02.20
現代文学 完結 短編
『相続人は、追い出された娘でした』 あの日、 私は家から追い出された。 ボストンバッグひとつと、 嘘で縫い付けられた「遺志」という言葉。 娘であることを剥がされ、 居場所を剥がされ、 名前だけが残った。 私は学んだ。 期待しないこと。 泣かないこと。 振り返らないこと。 灰の中で、息を殺して生きる術を。 けれど。 遺されたのは、 冷たい沈黙だけではなかった。 父は、不器用に、 遠い未来の私へ剣を置いた。 「取り戻せ」と。 奪い返すのではない。 壊すのでもない。 ただ、 本来そこにあったはずの光を、 自分の手に戻すだけ。 私はもう、 キッチンの隅で震える子どもではない。 私の名が刻まれた家に、 私の足で立つ。 ざまぁみろ、とは言わない。 ただ宣言する。 相続人は、 追い出された娘でした。 そして今日、 私は私を相続する。
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小説 8,885 位 / 220,377件 現代文学 93 位 / 9,249件
文字数 26,057 最終更新日 2026.02.21 登録日 2026.02.19
現代文学 完結 短編
『妹を選んだ男』 あなたは 妹を選んだのではない 光を選んだのだ 冬の庭に咲いた まだ傷を知らない 柔らかな花のほうを --- わたしは知っている あなたが欲しかったのは 若さではない あなたが欲しかったのは あなたを 無条件に 「すごい」と言ってくれる 鏡だった --- わたしは その鏡であることに 長く慣れすぎた 「お姉ちゃんなんだから」 その言葉で磨かれ 曇らぬように ひび割れぬように 自分を削ってきた けれど 鏡は 光を返すたびに 自分の輪郭を失っていく --- あなたが 妹の笑い声を追うたび わたしの中の 静かな湖が ひとつ 凍っていった パリン という音は 外には聞こえなかった わたしの胸の中でだけ 氷が割れた --- ねえ わたしは あなたに選ばれなくても 存在していい あなたの視線の 延長線上にいなくても 呼吸して 働いて 春の匂いを嗅いで それだけで いい --- あなたは 楽なほうを選んだ わたしは 自由なほうを選ぶ どちらが 賢いかは もう どうでもいい --- 春が来る 白梅は 誰にも見られなくても 咲く わたしも 誰の姉でも 誰の鏡でもない わたしとして 咲く それだけの話だ
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小説 4,809 位 / 220,377件 現代文学 47 位 / 9,249件
文字数 18,969 最終更新日 2026.02.20 登録日 2026.02.13
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