道を極める

“失敗”を糧にするEV開発エンジニアの「現場魂」

2017.07.18 公式 道を極める 第24回 藤墳裕次さん

たった5人のベンチャ―会社。妻との「三年の約束」

藤墳氏:バイク設計から再び、車の設計に携わりたいとトヨタに移って6年。日産時代も足すと11年。車づくりがどういうものか、わかりかけてきた頃、私の中で、その車づくりで「失敗をしたい」という、また妙な欲望が涌き起こってきました。

それまでの車づくりの現場では、当然ながら「失敗しない」ことが求められていました。社内の設計基準や生産技術要件を踏まえ、短期開発を徹底し、一発OKが基本。そんな“試作レス”のものづくりに違和感を覚えてしまったんです。また同時に、役職が上がるにつれて、だんだん現場から離れていってしまう「怖さ」と「寂しさ」も感じていました。その頃の私にあったのは「ものづくりの最前線にいたい」という、エンジニアとしての純粋な気持ちでした。

そんな気持ちを抱えていた時、EVのベンチャ―企業が話題を集めていて、なんとなくネットを見ていたら、面白そうな会社がヒットしました。それが今のGLMだったんです。「京大発のベンチャ―企業が前代未聞の挑戦をしている」。読んでいるうちに心を鷲掴みにされた私は、すぐにサイトに記載されていたアドレスに「御社で働いてみたい」と、メールを送っていました。

――今度は、イチからではなくゼロから……。

藤墳氏:「ゼロからクルマづくりを」と思っていましたが、実際にGLMの京都オフィスに行ってみると本当に何もありませんでした(笑)。CADも工具も、およそ車の設計に必要なものが何もない。ただ、何もないということは、しがらみもないということでもありました。

「ここなら失敗が思う存分できる!」。もちろん給料は、前職の半分以下。それでも、どうしても想いをかき立てられるGLMのEVプロジェクトに携わりたくて、妻に泣きつきました。妻には「必ず3年で形にする」と約束。実績も知名度もないベンチャー企業に行くことについては、当然周りの友人知人からも反対されましたが、なにより猛反対を受けたのは、自分の両親からでした。

「子どもも二人いるのに、お前は一体何を考えているんだ。どうしても転職したいなら、もうこの家の敷居をまたぐな!」とまで言われる始末。どうにか自分の気持ちを分かって欲しくて、この時はじめて、自分のエンジニアとしての想い、そしてどうしても転職したい理由を、両親と義両親、そして兄へ、20枚くらいの手紙にしたためました。

――“無謀な挑戦”を、3年の約束で。

藤墳氏:ここまできたら結果で見せるしかありませんでした。私が入社した時のGLMでは、当時生産が終了し幻と呼ばれていたガソリン車「トミーカイラZZ」(トミタ夢工場)を、エンジンを取り除きモーターに置き換えた“コンバーションEV”として復活させるべく、試作車をすでに発表していました。地元、京都では「幻の名車がEVとして復活」と沸き上がっていたそうですが、実際のところ、会社は大きな転換を迫られていたんです。

というのも、そもそもコンバーションEVは、話題性はあったものの、本当の車好きを満足させるような出来にはなっていなかったんです。GLMは主軸と捉えていたコンバーションEVによる事業展開を諦めて、車づくりをいよいよゼロから始めなければならないという局面に立たされました。社長の小間は当時を「絶望のドン底」と振り返っていますが、私にとっては「願ってもないチャンス」でした。

――藤墳さんのエンジニア魂に、一縷(いちる)の臨みが託されます。

藤墳氏:とはいえ、ゼロからのEVトミーカイラZZの開発は、なかなかスリリングでした(笑)。予想通りEV版ZZの開発は失敗、困難の連続。当初供給を約束してくれたバッテリーメーカーからは突然、部品開発を断られもしました。少人数の名もなきベンチャ―企業の自動車開発に懐疑的なのは当然のことかもしれませんが、開発に必要な部品供給すら勝ち取ることができないのは、さすがに辛いものがありました。

当時は、社長の小間がビジネスプランを説明し、私がエンジニアとして技術的な裏付けを説明して、出資を募る。その資金でEV開発を進めていく。という状況で、全社員5人の小さなベンチャ―企業は、どうにかこうにか息をしていました。光が見えてきたのは、開発に着手してから2年後。量産モデルの初期デザイン(モック)を発表し、さらに翌年6月、妻との約束通り3年(と少し過ぎてしまいましたが)、量産車として国交省の国内認証を取得し、量産の道がようやく見えてきました。さらに改良を重ね、ついに専用ファクトリー(小阪金属工業)にて2015年10月、スポーツEV「トミーカイラZZ」は量産化へと漕ぎ着けました。

「失敗」こそが、新しい価値観を生み出していく

――「失敗」を渇望した結果、まったく新しい製品開発に成功しました。

藤墳氏:ゼロからのEV開発では、モーターやバッテリー、フレーム、シャシーなどを搭載したプラットフォームはもちろん、外観や車体、部品やパーツに至るまで、すべてを新しく作り出す必要がありました。GLMはこうした既存の「枠」がまったくなかったからこそ失敗ができました。そうした失敗こそが新たな価値観を生み出す原動力になる。それが私たちの最大の強みだと思っています。今も、失敗を重ねながら、新たに「GLM G4」という、おそらくZZのさらに100倍ほど難しい(笑)、EVの開発に着手しています。

――GLMの挑戦と、藤墳さんの新たな夢が重なります。

藤墳氏:GLMの企業理念は、「自由を生み出す場所」です。目指しているのは、商品の普及だけではなく、私たちの中身である「テクノロジー」のショーケース。商品として「クルマ」を売るのではなく、技術を売るメーカーでありたい。そこに、私のエンジニアとして現場に携わり続けたいという夢も、一緒に託したいと思っています。

技術本部長という肩書きですが、やはりワクワクする現場は離れられそうにありません。部門長としての責任はまっとうしつつも、プレイヤーとして現場に居続けたい。今のところ「面白いものづくりに携わり続けたい」という想い以外に、明確なビジョンは持ち合わせてはいませんが、当面の目標は「GLM G4」の完成です。そして、その先は自分でもまだ分かりません。車なのか、まったく新しい別のものなのか。GLMが今後どんな失敗をして、また新たな成功を生み出すか。自分自身も楽しみながら「新しくてワクワクするもの」を、エンジニアの現場魂として皆様にお届けしたいと思います。

 

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アルファポリスビジネス編集部は厳選した人物にインタビュー取材を行うもので、日本や世界に大きく影響を与える「道」を追求する人物をクローズアップし、その人物の現在だけでなく、過去も未来の展望もインタビュー形式で解き明かしていく主旨である。編集部独自の人選で行うインタビュー企画は、多くの人が知っている人物から、あまり知られることはなくとも1つの「道」で活躍する人物だけをピックアップし、その人物の本当の素晴らしさや面白さを紐解いていく。

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