道を極める

世界の大富豪たちを唸らせた名執事の極上サーヴィス哲学

2016.11.01 公式 道を極める 第7回 新井直之さん

売り上げゼロから億単位の収入へ
弱肉強食の外資系実力社会でクビ寸前からの復活

新井氏:もともと、仕組みづくりが好きだった私は、コンピュータに興味を持っていたこともあり、ITのシステム開発会社に就職しました。仕事は「ヤンエグ生活」とはほど遠く、先輩社員の雑用ばかりだったのですが、就職氷河期だったこともあり、働けるだけありがたいと、なんとかしがみついていました。

そんな私を見て心配した友人が、転職先を紹介してくれました。そこで私は大きな転機を迎えました。外資系の会社で、「これで私の道はパッと明るくなるぞ」と救われた気持ちになりました。

ところが、入ってみるとヤンエグも真っ青の、想像以上のド派手な世界でした。当時まだ珍しかった、アメリカ型の完全成果主義で、基本給は最低限でしたが、若くても結果さえ出せば、億を超えるボーナスが貰え、いい成績を出している先輩、同僚は高級外車を乗り回していました。その一方で、売れない社員はクビになっていくという厳しい世界です。私も最初の1年半は、鳴かず飛ばずのまったく使い物にならない社員で、いつクビになってもおかしくはない状態でした。

――クビ寸前から、どのようにして這い上がっていったのでしょうか。

新井様:私の性格は「張り切るより割り切る」という感じで、不思議とめげることはありませんでした。とにかく右も左もわからなかったので、まずはまわりの先輩社員の仕事ぶりを盗みました。また、会社も米国式の科学的な営業手法を取り入れていましたので、それを徹底的に学びました。しかし、それだけでは何も変わりませんでした。

お客さまの心を掴み、受注につなげていくにはどうすればいいのか。ああでもない、こうでもないと試行錯誤しているうちに、昔アルバイトでやっていたことを思い出しました。アルバイトでの喜び、達成感が得られていないのは、いただくことばかり考えて、「目の前にいる人を喜ばせる」ことができていないからではないか……。

それに気がついてからは、昔と同じように、目の前にいるお客さまの声に耳を傾け、しっかりと向き合うようになりました。お客さまがわからないことがあれば勉強会を開いたり、先方の社内事情を伺って、動きやすくなるように部署間の調整を取り持ったりと、「貢献」を一番に考えて動くようになりました。そうすると、それまで見えてこなかったお客さまの細かな困りごと、課題が見えてくるようになりました。その課題を解決することで、徐々にお客さまからの信頼へと繋がり、1年半もの間お客さまゼロだった私は、おつりが来るほどの大きな受注を得ることができたんです。

素晴らしい人間関係にも恵まれ、仕事も順調に進んでいったのですが、今度は次第に別の物足りなさを感じていました。ビジネス上の関係ですので、相手の部署が変われば、どうしても疎遠になってしまいます。貢献することで喜びを得られることを実感した私は、もっと踏み込んだお手伝いができれば、「それが末永く続くものであれば、どんなに大きな喜びが待っているのだろう」と考えるようになりました。

「目の前の木を全部切ってくれ」
大富豪の無茶振りに隠されたサーヴィスの極意

新井氏:「貢献すること自体を仕事にしたい」。そう考え続けていたある日、滞在先のホテルで、今の執事のサーヴィスに近い体験をしました。滞在すること自体が楽しくなるような細かな気配りが心地よく、とても印象深いものでした。このとき、はじめて執事(バトラー)という存在を知ったんです。

「この仕事に私の経験を盛り込めば、理想のサーヴィスを届けることができる!」と運命的なものを感じ、本格的なサーヴィス業の経験はありませんでしたが、何かに突き動かされるように会社を辞め、勢いで今のサーヴィスを立ち上げました。2008年1月のことでした。

――勢いにのって、サーヴィスも順調に……。

新井氏:とはならず、「世界最高のサーヴィスを」と意気込んだものの、最初は実績もなく、私ひとりで開店休業状態でした。お客さまはいませんでしたが、求人はなぜかたくさん来ました。そこでバトラーを長く経験されている方と、ラグジュアリーホテル出身の方を雇い、その二人からサーヴィスプロトコルや所作を学び、私のノウハウと組み合わせて独自のサーヴィスを準備していました。

執事としての最初のお仕事は、まったく予期せぬタイミングで訪れました。「あるヨーロッパの大富豪が、日本で快適に過ごせるようなサーヴィスを提供して欲しい」という依頼でした。世界のトップ10に入るような大富豪が、最初のご主人さまとなり、緊張しなかったと言えば嘘になりますが、とにかく誠心誠意、私たちが培ってきたサーヴィスでお仕えしました。

その大富豪が所有する海辺の別荘でお仕えしていた時、「目の前の木を全部切ってくれ」というオーダーを仰せつかったことがありました。ご主人さまのご要望を叶えることが執事の務めですが、目の前の木々は公有のもので、さすがに勝手に切ることはできません。ですが、ご主人さまはどうしても切って欲しいとリクエストされました。

――その「無茶振り」にどう応えられたのでしょう。

新井氏:やるべきことは、今までと同じでした。「目の前の声に耳を傾け、最大限の関心を払う」。大富豪のご主人さまは、時にその独自のライフスタイルと同様、ご要望も単純なように見えて複雑だったり、難解だと思えるご要望が実はシンプルな動機だったりと、一風変わっていました。

このときは、「目の前の木を全部切って欲しい」という、突拍子もないオーダーに隠されていたのは、「海が見たい」、それも「邸宅から」というものでした。しばらく考えた末、それならば「木を切る代わりに、思い切って母屋をもう一階建て増しして海が見えるようにしてはどうか。木を切るよりもさらにいい眺めが得られる」とご提案致しました。

すぐに結果が欲しい大富豪も、「よりよい眺望になる」ということで、なんとか提案をお受け下さりました。その後、ご提案通り建て増ししましたが、「海が見える」という目的以上のご要望が叶えられたことに、ご主人さまからは次の滞在時に「君の提案を受け入れてよかったよ。素晴らしい眺めだ。ここまでやってくれた執事は初めてだ」と、感激のお言葉をいただきました。

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アルファポリスビジネス編集部
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アルファポリスビジネス編集部は厳選した人物にインタビュー取材を行うもので、日本や世界に大きく影響を与える「道」を追求する人物をクローズアップし、その人物の現在だけでなく、過去も未来の展望もインタビュー形式で解き明かしていく主旨である。編集部独自の人選で行うインタビュー企画は、多くの人が知っている人物から、あまり知られることはなくとも1つの「道」で活躍する人物だけをピックアップし、その人物の本当の素晴らしさや面白さを紐解いていく。

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