道を極める

夜の路上から始まった絵本の読み聞かせ
「聞かせ屋。けいたろう」という生き方

2016.11.15 公式 道を極める 第8回 坂口慶さん

全国各地で絵本の読み聞かせをする坂口慶さん。自身も絵本作家として活躍する坂口さんが、絵本を通して人と人をつなぐようになったのは、今から10年前。絵本を読み聞かせ、目の前の喜びを糧とする、前例のない生き方に辿り着くまでは、挫折の連続でした。悩みもがき苦しむ中で、子どもたちから教えてもらった、たったひとつの大切なこととは……。夜の路上から始まった「聞かせ屋。けいたろう」。その活動の原点を伺ってきました。

(インタビュー・文/沖中幸太郎

ウクレレにタップシューズ
絵本を通じて人と人をつなぐ
エンターテイナー「聞かせ屋。けいたろう」

坂口慶(さかぐち・けい)

聞かせ屋。けいたろう
保育士
JPIC読書アドバイザー。

短期大学の保育学科を卒業後、夜の路上で大人に絵本を読み聞かせる「聞かせ屋。けいたろう」の活動を開始。延べ四ヶ月の渡米公演を経て、読み聞かせ、絵本講座、保育者研修会と、10年以上にわたり日本全国を駆け巡る。2014年より、絵本作家として文章を担当。絵本を通じたエンターテイナーとして、幅広くその魅力を伝え続けている。

 ――トランクいっぱいの道具をお持ちいただきました。

坂口慶氏(以下坂口氏):絵本はもちろんですが、読み聞かせの時に一緒に演奏するウクレレや、ステージで履くタップシューズなども入っています。このシューズは、ウルトラマンカラーの特注品です。こうした小道具は、聞いてくれる人のためだけでなく、ぼく自身も楽しむための秘密道具のようなものです。自分が読み手として、絵本を通じて、人へ喜びを伝える。そのフィルターであるぼく自身も楽しめるように心がけています。
 
持っていく絵本は、公演先によって、笑えるものから泣けるものまで、さまざまなジャンルの中からピックアップしています。子どもたちの笑顔を思い浮かべながらトランクに詰めた絵本たち。当日は、さらにその場の雰囲気を感じて、20冊ほどの中からチョイスして、読み聞かせは始まります。

――「当日までわからない」ライブ感に溢れているんですね。

坂口氏:「どんな方が来てくれるのか、どんな風に喜んでくれるだろうか」、こればかりは蓋を開けるまでわかりません。この「聞かせ屋。けいたろう」の活動を始めてちょうど10年が過ぎましたが、いまだに公演当日になると緊張してしまいます。それでも、緊張よりも皆さんの笑顔を見る喜びの方が勝ってしまうんです。

そして、メインである「聞かせ屋。けいたろう」の活動の合間を縫って、保育園で保育士のお仕事もさせていただいていますが、ここの園児の笑顔も自分の糧になっています。全国各地での絵本の読み聞かせは、一期一会の出会いの連続です。その中で、いつもと変わらない園児の笑顔に触れ合える時間はとても貴重なもので、大切な自分の居場所のひとつになっています。ぼくの活動をよく知らない園児からは、「グチ(坂口)先生が読んでくれる絵本って、いつも面白いね」、なんて言われていますが(笑)。

おかげさまで、ぼくの読み聞かせを心待ちにしてくださる方がたくさんいらっしゃるようになり、今では絵本を通じたエンターテイナーとして活動させていただいています。しかし、この「聞かせ屋。けいたろう」という職業、この生き方に辿り着くまでには、音楽に憧れ挫折、ヒーローを目指し失敗、保育の世界でまた挫折と、暗中模索の日々を繰り返してきました。

歌手、イラストレーター、お笑い芸人、正義のヒーロー!?
お調子者が見た「人を楽しませる」夢

坂口氏:ぼくは東京の出身で、練馬区の豊島園遊園地のすぐそばに住んでいました。幼稚園には年長の1年しか通っておらず、それまではたっぷりと父と母に遊んでもらって育ちました。母によると、活発すぎて親を困らせる子どもだったそうです。でも、一方で絵を描くのが好きで、じっと集中して「いつかこうなりたい」と、幼児向け雑誌に登場するヒーローを模写していました。漫画の『名探偵コナン』や『幽々白書』を真似て描いていたので、イラストレーターに憧れたり、目立ちやがり屋だったので、「とんねるず」のようなお笑い芸人になりたいと思ってみたり、やりたいことが山積みでした。

――どれも、人を楽しませる仕事ですね。

坂口氏:お調子者だったんです。自分の行動で人が笑ってくれることが快感だったんですね。中学生になってからは、「LUNA SEA」や「L’Arc-en-Ciel」などのバンド音楽にハマり、そのまま高校では、軽音楽部に入って、自分もボーカルでバンドを組んで活動していました。このころの将来の夢は、「歌手になる」とはっきりしていて、毎日部室に込もって練習していましたね。

都立の進学校だったので、まわりは大学に進学する生徒が大半を占めていましたが、自分にはなんとなくためらいがありました。今思えば青臭かったのかもしれませんが、大学に行くことで、あとはもう就職しかないと思っていて、そのまま大人の決めたレールに乗せられそうで怖かったんです。

「就職より歌手になること」を優先した結果、大学には進学せず、親に頼み込んで新宿にあるミュージックスクールに2年間通うことになりました。本当は「バンドを組んで歌手として全国デビュー」と華々しい夢を思い描いていましたが、なれない時に恥ずかしいので、「音楽を仕事にしたい」と、おおざっぱにボヤかしたりもしていましたが(笑)。

「歌手なんて勘違いだった」
プライドと現実のはざまで悩む自分を
救ってくれた母の言葉

坂口氏:音楽を始めたのも人より遅く、何か楽器ができるわけでもないし、声域も限られていたので、「とにかく人一倍練習しなければ」と、意気込んでいました。憧れたバンドのような高い音域で声が出せるようにボイストレーニングに励み、また、音楽理論も一から勉強し直しました。入学してから毎日、一日中練習室に込もっていましたね。「やればなんとかなるだろう」という、自信だけはあったんです。

ところがやればやるほど見えてきたのは、華々しい未来ではなく、「音程も取れない、思うように声も出ない」という現実。自分の力の限界でした。誰に言われずとも、自分はプロにはなれないと悟りました。「自分は何を勘違いしていたんだろう」って、唯一の取り柄だった自信も崩れかけていましたね。

大学に進学して、将来に向かって着実に勉強している周りの友人とのギャップに悩み、あれほど好きで憧れていた音楽番組は、見るのも嫌になるほどでした。「挫折」という現状から逃げ出したい一心でしたが、自分から頼み込んで学費を出してもらっていた手前、なかなか親には切り出せず、いよいよつらさの限界に来たところで、ようやく母に泣きつきました。

――はじめての、そして早すぎる挫折にお母様はどんな反応だったんでしょうか。

坂口氏:それが、母からはひと言だけ、「いいわよ」って。こちらとしては、「高い学費を払ってもらったからには、絶対に仕事につなげなければ」と意気込んでいたので、どうしてそんなに簡単に許してくれるのかを問うと、「なれると思っていなかったわよ。やりたいって言うからやらせたけど」と、あっさりと言われました(笑)。その言葉は拍子抜けするほどで、そうだったのかと苦笑いをしながらも、母なりの優しさを感じ涙しましたね。

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アルファポリスビジネス編集部
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アルファポリスビジネス編集部は厳選した人物にインタビュー取材を行うもので、日本や世界に大きく影響を与える「道」を追求する人物をクローズアップし、その人物の現在だけでなく、過去も未来の展望もインタビュー形式で解き明かしていく主旨である。編集部独自の人選で行うインタビュー企画は、多くの人が知っている人物から、あまり知られることはなくとも1つの「道」で活躍する人物だけをピックアップし、その人物の本当の素晴らしさや面白さを紐解いていく。

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