この彼らの矛盾した要求は、フィットネスジムのアナロジーを用いると非常に分かりやすい。彼らは「立派な筋肉が欲しい」と言って、自ら高い会費を払ってジムに入会してくる。しかし、トレーナーが怪我をしないように1キロの軽いダンベルを渡すと、「こんな軽い負荷じゃ、全然筋肉がつかないじゃないか!タイパが悪い!」と激怒する。そこでトレーナーが「よし、筋肉をつけたいんだな」と、本格的なトレーニングのために20キロの重いバーベルを渡すと、今度は「重すぎる!筋肉痛になって不快だ!怪我をしたらどう責任を取るつもりだ!これはハラスメントだ!」と泣き叫ぶのである。
ここでいう軽い負荷が「ゆるブラック企業」であり、本格的なトレーニングが「ブラック」という解釈となる。誰が見ても極端すぎると思うだろう。彼らが求めているのは、適切な負荷によるトレーニングではない。一切の汗をかかず、筋肉痛という痛みを伴わずに、飲むだけで一瞬にしてバキバキの筋肉が手に入る「魔法のプロテイン」なのだ。しかし、現実のビジネスにおいて、ストレスや責任、失敗の恐怖といった負荷を一切背負うことなくスキルや実力という筋肉がつくことなど、絶対にあり得ない。資本主義の原理原則である「ノーペイン・ノーゲイン(痛みなくして得るものはない)」から外れた魔法のアイテムは存在しない。成長はしたいが、それに伴う痛みやリスクは1ミリも引き受けたくない。この彼らの頭の中にだけ存在する「無菌室のタイパ成長」という強烈なバグが、現場のマネジメントを大いに狂わせているのである。
Z世代の言動には、我々上の世代からすると理解に苦しむほどの強烈な「矛盾」が内包されている。現場の管理職が疲弊し、彼らを「面倒くさい生き物だ」「宇宙人だ」と怒りを覚えてしまうのも無理はない。一方で、現代日本では働き方改革の進展により「ゆるすぎる」職場が増えた。新卒入社のZ世代が成長を実感できず、「成長・キャリアへの不安」に焦りを募らせるのも、これもまた理解できなくもない。しかし、「ゆるすぎる」教育、「ゆるすぎる」職場しか経験していないZ世代は、成長のための努力に耐えられない。生育環境故の、悲哀の世代ともいえよう。このままではZ世代は「成長したい」という自意識だけを肥大させ、一方でマニュアル通りの定型業務しか経験せず、30代になった時に履歴書に書ける実績を何一つ持っていないことに気づくだろう。その時になって「成長できる環境をください」と叫んでも、もはや誰も見向きもしないのだが。