ビジネス書業界の裏話

出版界の再編と作家の未来

2018.03.08 公式 ビジネス書業界の裏話 第50回
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残るブランド消えるブランド

では、蔦屋グループの他の出版社の社名はどうなるのだろうか。外野席の私から見ても、たとえば主婦の友社という社名を蔦屋ブランドに変えることはリスクが大きいと思う。せっかくの主婦の友ブランドを、わざわざ失うような選択は経営的にも不利なはずだ。徳間書店も、また、十分に全国的に浸透したブランドであるから、主婦の友社と同じことが言える。読者が、出版社名で本を選ぶことはめったにないが、まったく影響がないとも言えず、過去の例を見ても、積極的に社名を改めた出版社はマガジンハウスくらいではないか。

だが、同社にしても平凡出版(マガジンハウスの旧社名)が平凡社と間違われやすいという事情が、社名変更のひとつの理由であったはずだ。ブランドが混乱して、ブランド価値が損なわれるくらいなら、いっそ新しいブランドを立ち上げたほうがましという判断があったのかもしれない。出版社の社名変更は、やむを得ざる事情で行われることが多く、経営母体が変わる、あるいは倒産などの事情によって、社名を変えなければならないという差し迫った事情によって概ね行われている。そして、変えるとしても河出書房新社のように、社名の後ろに新社を付けるくらいにとどめるものだ。

福武書店の場合は、社名をベネッセに変えたが、同社は社名を変えるとともに、文芸書出版から手を引き、教育事業とライフサポートのサービス会社となった。会社の事業が出版業から変わったのだから、出版社としてのブランドは必要ない。社名変更は、むしろ当然といえる。

出版界が進む先は「統合」か「融合」か

蔦屋グループが、この先どういう戦略を採るのかはまったくわからないが、当面は傘下の出版社のブランド力を生かしながら、総合力を発揮するという方向でグループの強化を図るのではないかと思う。無論、傘下の出版社のすべてが主婦の友社や徳間書店と同じ待遇になるとは限らないし、思ったよりもブランド力がなかったという判断になれば、方向転換は大いにあり得る。しかし、それはあまりあってほしくない事態である。蔦屋が、目下のところ傘下出版社のブランドを維持しているのに対し、KADOKAWAグループはワンブランドへの統一に向かっていると聞く。

現状、市場には旧社名発行の本とKADOKAWA発行の本が混在しているが、この混在は時間の経過とともに解消されていくはずだ。それでも、やはり残さなければならないブランドはあるらしく、実際には、今後KADOKAWAが完全なブランドの一本化に進むのか、部分的に並列させるのか、外野席からでは見通しがつかない。

ビジネス書の出版社では、すでにKADOKAWAには中経出版が、蔦屋グループには前述したとおりCCCメディアハウス(旧社名阪急コミュニケーションズ)が傘下に加わっている。そのうち、中経出版は一部にレーベルとして残っているものの、発行社名としてはすでに消滅している。

ビジネス書でブランドといえば、ダイヤモンド社、東洋経済新報社、PHP研究所、日経BP社というあたりが知名度として上位にくる。これらの会社も、再編の外にいるわけではない。このうちPHP研究所は、関係が薄くなったとはいえパナソニック(旧松下電器)があるわけで、日経BP社も、日本経済新聞出版社とは違う独立した会社だが、日経新聞との関係はあるので、どちらも別の出版グループ入りという線はかなり薄いように見える。だが、それでも可能性はないとまでは言い切れないのが、現在の出版界だ。

ダイヤモンド社、東洋経済新報社、PHP研究所、日経BP社も、ひょっとするとどこかのグループの傘下に入ることがあるかもしれない。仮にどこかのグループ入りしたとしても、ダイヤモンド、東洋経済はビジネス書のブランドとしては残り続けるだろう。一方、PHP研究所と日経BPは、その名称からパナソニック、日経新聞との関係を彷彿とさせるため微妙だ。その他のビジネス書の出版社でも、自己啓発市場でブランドのある会社や女性向けのビジネス書に強い会社など、ブランドとして残りそうな会社はあるが、そういう特色のない、独自の流通ルート、商流を持たない、取次だのみの出版社は、再編の中でブランドが消えても不思議はない。

出版界の再編と作家

言うまでもないが、作家と出版社は共存共栄である。この関係は、出版業がはじまって以来変わっていない。したがって出版界の再編が進めば、自ずと会社の数が減る。出版社の数が減れば、当然、発行点数も少なくなる。発行点数の減少は、作品を発表する機会の減少を意味するので作家にとってもマイナスだ。

一方、現在の出版業界は全体に冒険できない体質である。そのため、実績のある既存の作家にばかり出版のオファーが集中するという現象が生じている。結果、実績のない新人作家の本を出すというリスクをとる出版社は非常に稀という状況だ。現状は、新人作家にとって不利である。出版界の再編が進行する渦中にあっては、発行点数が減るので、出版社はますます冒険できなくなるという、新人作家にとっては二重に不利な状況となる。当面は、新人作家にとって受難の時代かもしれない。

ところが、世の中、面白いことにマイナス×マイナスがプラスになる場合もある。あまり詳しいことは書けないが、統合直後の出版社では、往々にして発行点数のラッシュが起こる。点数増加の理由は、ホールディング・カンパニーからの予定発行点数を守れという圧力や、統合された出版社がグループ内でのポジションを意識して、などがあるようだ。

そういう「事情」のある出版社にとっては、まずは発行点数の確保が重要となるので、新人作家でも書ける人には、ややハードルが低くなる傾向がある。新人作家にとっては、一見不利にしか見えない出版界の統合も、実はチャンスとなる局面になることもあるのだ。どこの世界でも同じと思うが、世の中は一本調子だけではとらえきれない。

 

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プロフィール

ミスターX
ミスターX

ビジネス雑誌出版社、および大手ビジネス書出版社での編集者を経て、現在はフリーの出版プロデューサー。出版社在職中の25年間で500人以上の新人作家を発掘し、800人を超える企業経営者と人脈をつくった実績を持つ。発掘した新人作家のうち、デビュー作が5万部を超えた著者は30人以上、10万部を超えた著者は10人以上、そのほかにも発掘した多くの著者が、現在でもビジネス書籍の第一線で活躍中である。
ビジネス書出版界の全盛期となった時代から現在に至るまで、長くビジネス書づくりに携わってきた経験から、「ビジネス書とは不変の法則を、その時代時代の衣装でくるんで表現するもの」という鉄則が身に染みている。
出版プロデューサーとして独立後は、ビジネス書以外にもジャンルを広げ文芸書、学習参考書を除く多種多様な分野で書籍の出版を手がけ、新人作家のデビュー作、過去に出版実績のある作家の再デビュー作などをプロデュースしている。
また独立後、数10社の大手・中堅出版社からの仕事の依頼を受ける過程で、各社で微妙に異なる企画オーソライズのプロセスや制作スタイル、営業手法などに触れ、改めて出版界の奥の深さを知る。そして、それとともに作家と出版社の相性を考慮したプロデュースを心がけるようになった経緯も。
出版プロデューサーとしての企画の実現率は3割を超え、重版率に至っては5割をキープしているという、伝説のビジネス書編集者である。

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