ビジネス書業界の裏話

<原稿の品質=情報×情熱> 作家の棚卸し資産は情報と情熱

2016.03.24 公式 ビジネス書業界の裏話 第4回

自分の棚卸しの段取り

いかなるアイデアも、インプットなしに生まれることはないと言われる。
原材料がなければ製品ができないのと同様、頭の中にある情報以外にアイデアの源泉はない。テーマや企画というのは一種のアイデアだが、自分の中にある情報在庫の棚卸しがきちんとできていないと、テーマや企画はいつまでも漠然としたままとなる。

一般的な棚卸しとは、言うまでもなく自社がどれだけの品を持っているかの確認である。在庫は資産なので、棚卸しは自社の資産の確認でもある。
ビジネス書の作家にとって資産(作家活動の資源ともいえる)とは、一次的には知識と経験であろう。知識と経験を合わせることによって、その作家固有の情報が生まれる。
「情報=知識+経験」である。
ビジネス書は、作家の情報、すなわち作家が蓄えた知識(知恵も含まれるだろう)と積んできた経験(どう考えるべきかという示唆も含め)を、一冊の本にまとめたものだ。
読者は、その情報に価値を見出してこそ、作家が書いた本を読むのである。

ということで、今回は「自分の棚卸しのやり方」について記す。
自分の中の情報在庫は資産だが、資産には優良と不良がある。では、優良、不良を分けるものは何か。
前回、私の昔話を紹介したが、作家が自身の体験を振り返ったとき、聞き手である私は常にある選択基準を持って聞いていた。なんとなく聞いているようでも、そこはアンテナを張っていたのである。

選択基準とは「面白いか」「役に立つか」であり、この2つの条件を満たす情報を、私は優良資産としていた。面白いだけでも、役に立つだけでも資産価値はあるのだが、両方を備えていれば望ましい。
棚卸し作業とは、自分自身の知識と経験を振り返りながら、この選択基準で情報在庫の資産価値を評価していくことである。
とはいえ、初心者にとっては何が面白くて何が役に立つのか、にわかには判然としないところがあろう。
手練れの編集者が助っ人についていればいいが、そうもいかない場合には、他人が書いた本に助けを求める方法がある。

既刊の類書で自分の資産価値をチェック

自分で自分のことを評価するのは、なかなか公平を担保し難い。
そこで、まず自分の知識と経験の中から「面白くて役に立つ」と思ったことをすべて書き出してみる。書き出したら、次に自分が書き出したものに近いテーマの本が出版されていないかチェックしてみるのである。

これはアマゾンを利用すれば、比較的手軽に調べることができる。
仮に、自分の海外事業の経験を現代のビジネスパーソンにとって面白くて役に立つ情報としたら、「海外事業」をキーワードに検索して、類書(自分が書こうとしているテーマに近い本)を探す。
類書でも、それぞれに若干の違いはあるので、その中でこれは自分のテーマに非常に近いというものに絞り、手間はかかるが現物でその中身をチェックしてみるとよい。

面白いか、役に立つかを本当に決めることのできるのは、読者だけだ。
もし、その本が増刷を重ねているようなら、自分の情報在庫は本当に役に立って面白い資産であると、読者が認めている心強いエビデンスである。
既刊本に類書がない場合は、結論は2つだ。
自分の情報在庫は、極めてユニークかつ斬新で希少価値のある資産か、書籍として成立しない残念な資産かのどちらかである。

書籍の中には、すでにネットに取って代わられているジャンルもある。類書がないのは、そういう理由からということも現実だ。ネット上には溢れるほど情報があるのに、書籍は存在しないという場合、その情報が新しすぎて書籍の出版が間に合っていないケースを除けば、概ね後者であろう。

棚卸しでは、もうひとつ大事な視点がある。
その情報に十分本になる価値があったとしても、それだけでは心もとない。
前述の作家の経験談からテーマを見つけた話には失敗もある。私は作家の話から企画を立て構成まで煮詰めた。作家からすれば便利な存在だったと思う。しかし、進行の過程で作家の原稿が進まなくなってしまったのである。

編集者がつくったといえ、しょせんは他人がつくった企画、まじめな作家だったので私のつくった構成に沿うようにと気を使い過ぎ、かえって原稿が書けなくなってしまったのだ。
原稿を仕上げるには、十分な情報とともに、そこに情熱が伴わなくてはならない。
いくら情報量があっても情熱がなければ、原稿を仕上げるのは作家にとって苦役にしかならなくなる。棚卸しで優良資産と太鼓判を押せる情報であっても、それが自分の書きたいものかどうかも、ふるいにかける必要がある。
原稿とは「情報×情熱」の産物なのだ。

余談だが情熱にまつわる話で、出版界には文芸、コミック、実用書、ビジネス書などジャンルを問わず、作家には書きたいように書かせるなという不文律が編集者の間にある。
情熱はものを書くエネルギー源である一方、強すぎると読者がついてこられないという弊害も起こす。これは往々にして、大作家がはまる陥穽(かんせい)だ。

次回に続く

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プロフィール

ミスターX
ミスターX

ビジネス雑誌出版社、および大手ビジネス書出版社での編集者を経て、現在はフリーの出版プロデューサー。出版社在職中の25年間で500人以上の新人作家を発掘し、800人を超える企業経営者と人脈をつくった実績を持つ。発掘した新人作家のうち、デビュー作が5万部を超えた著者は30人以上、10万部を超えた著者は10人以上、そのほかにも発掘した多くの著者が、現在でもビジネス書籍の第一線で活躍中である。
ビジネス書出版界の全盛期となった時代から現在に至るまで、長くビジネス書づくりに携わってきた経験から、「ビジネス書とは不変の法則を、その時代時代の衣装でくるんで表現するもの」という鉄則が身に染みている。
出版プロデューサーとして独立後は、ビジネス書以外にもジャンルを広げ文芸書、学習参考書を除く多種多様な分野で書籍の出版を手がけ、新人作家のデビュー作、過去に出版実績のある作家の再デビュー作などをプロデュースしている。
また独立後、数10社の大手・中堅出版社からの仕事の依頼を受ける過程で、各社で微妙に異なる企画オーソライズのプロセスや制作スタイル、営業手法などに触れ、改めて出版界の奥の深さを知る。そして、それとともに作家と出版社の相性を考慮したプロデュースを心がけるようになった経緯も。
出版プロデューサーとしての企画の実現率は3割を超え、重版率に至っては5割をキープしているという、伝説のビジネス書編集者である。

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