結局、低姿勢こそが最強のビジネススキルである

「仕事で得た情報を横流し」して、クビ(?)になった話

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ブログから情報を消せ! 書籍は取りやめろ!

「中川さん、この前取材で聞いたXの語源について外に漏らしましたよね」
「はい。知り合いのブロガーに伝えました」
「A社は激怒しています。あの内容はこれまでに一度も話したことがなく、それを一切の許可を取るでもなく勝手にブログに公開するってどういうことですか? 今回、○○○万円もの大型案件がこのままだと吹っ飛ぶかもしれません。すぐにブログを削除してもらい、あとは経緯を説明するため、A社まで一緒に来てください」

この瞬間、「なんでこんな簡単にバレることをオレはやってしまったのだ……」と思った。冷静な頭だったら、「あ、ところで」と取材で切り出した直後にこう言うだけで良かったのだ。

「実は知り合いのブロガーが語源を研究していまして、Xの『○○○○』というコピーに関心を持っています。これがそのブログのコピーですが、彼のブログ記事の取材を今、やらせていただけませんでしょうか。原稿ができたところで、一旦ご確認させていただきますが。そして、その内容は○月に発売される書籍にも掲載されます。こちらも必要な部数、お送りします」

これでOKしてくれれば「許可は取った」ということになるし、ダメであればその旨を出版社の彼女には伝えればいいだけの話である。「○○○○」の語源や生まれた背景については一切ヤバいものはないし、普通に面白い発想から誕生した素晴らしいコピーだ。だから、内容的にはまったく問題ないのだ。

問題は「許可を取っていない」ということでしかないのである。だとしても、営業担当とA社、そしてクリエーターからすれば、「騙し討ちをされた」と思ったことだろう。

怒れる営業担当とその日のうちにA社に行くことは決めたが、もう一つ言っておかなくてはいけないことがある。

「あのぉ、このブログ内容が書籍化されるんですが」
「絶対にそれは許しません!! もう流し込みをしているのであれば、その部分は全部消してください!」

これは相当怒っている。もう終わりだ。すぐに書籍の編集者に電話をし、「すぐにブログから削除し、書籍の当該部分の削除をお願いします」と伝えたら「もう無理ですよ!」と言われた。

「スイマセン、オレが正しい手順を踏まなかったことが悪いのですが、もしも書籍が出たら訴えられます」

こう伝え、「無理です」「やらなくちゃマズいです」の押し問答があった後、ブログの削除と書籍からの削除はしてもらえることとなった。そしてA社には営業担当と一緒に謝罪に行った。

結局、責任を取って辞めることに

ブログの削除がされるということで、どうやら広告が引き上げられることはなくなり、特集の進行も許された。

なお、書籍化のことはここでは黙っていた。あくまでも公になったのはブログだけだし、出版もされないという約束は取り付けたので、敢えて言う必要もなかろう。

この件については編集長にも伝わっており、彼は「なんかあったの? 彼(営業)怒っていたけど」と言った。

「いやぁ~、やらかしました」と私は言い、事情をすべて伝えた。そしてこう切り出した。

「特集はオレがきちんと最後までやります。で、その後なのですが、オレ、ブロス辞めます。多分、A社に対して営業の○○さんが言いやすい責任の取り方は、『もう中川という編集者はクビにしました。今後とも変わらぬお付き合いのほど、よろしくお願いします』というものだと思います」

編集長は「私は別に中川さんにお仕事続けていただいて構わないですし、むしろやってほしいですが」と言った。だが、社内で仕事をしていれば、例の営業と会うこともあるだろうし、それはお互いきまずいもの。そして、編集長はこうも言ってくれた。

「どうせ中川さんが会社来る時って、2週間に1回ぐらいですし、しかも深夜~早朝にかけてなので、彼と鉢合わせになることなんてないと思いますよ。雑誌のクレジットは、中川さんの名前を書かないで、テキトーなペンネームでもつけたらどうですか?」

このオファーは有難かったものの、今回は明らかな不祥事である。ここは辞めるしかあるまい。この頃、すでに大学の後輩である木下拓海君と一緒にブロスの編集をしていたため、「木下を私の代わりとして全部引き継がせますので、ご安心ください」と言い、ブロスは辞めた。

とはいってもその4か月後に1つだけ特集を作らせてもらえ、ラーメンズの片桐仁さんの連載は編集ではなく撮影担当として1年ほど携わることになった。

だが、実際はもう「終わった人」である。

かくして自分にとっての最大のクライアントの仕事を辞めたが、この2005年はかつてやっていたPRの仕事が途端に増えた。そのため、当初危惧していたほどの年収の落ち込みはなく、700万円を確保することができた。

それにしても、たった一つの確認をしないだけであんな事態になるとは……。なぜ、あの場で簡単なことをしなかったのか、今でも悔やんでいる。

 

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プロフィール

中川淳一郎
中川淳一郎

1973年東京都生まれ。ネットニュース編集者。博報堂で企業のPR業務に携わり、2001年に退社。ライター、雑誌編集などを経て現在に至る。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『縁の切り方 絆と孤独を考える』『電通と博報堂は何をしているのか』『ネットは基本、クソメディア』など多数。

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