一生折れないビジネスメンタルのつくり方

名越康文 かすかな「不調のサイン」に目を向ける

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なんだかイライラしている。

「不調のサイン」というのは、一般的に考えられているよりもずっと微妙で、相当注意しておかないと、気づき辛いものです。ここではいくつか、気をつけてほしいサインをあげてみます。どれも一般的には「不調のサイン」とは考えられていないものですが、こういったサインをキャッチして「ちょっと調子が悪いかも?」と疑ってみることで、絶不調に陥ることを避けたり、不調からの回復を早めることにつながります。

・なんだかイライラしている

どんな人でも、「なんだかイライラしている日」ってありますよね。実はこのイライラというのは、典型的な「不調のサイン」です。これは医学的にいうと、副交感神経(リラックスを作り出す自律神経)の力が減退している状態とほぼ符合しています。つまり「目に見えない疲労が蓄積している」指標として捉えることができるのです。

小学生ならともかく、成人して仕事についている皆さんは、「イライラしている」からといって、誰かれ構わず怒鳴り散らすということはないはずです。ただ、たとえばエレベーターの順番待ちをしているとき、焦らずに順番を他の人にすっと譲れるときと、横入りをしてでも先に乗りたくなってしまう(実際にはそんなことはしないにしても)ときというのがあります。

普段だったら何でもないような場面で感じる、ちょっとした「焦り」や「イライラ」。これは、実はあなたのメンタルに「ゆとり」がなくなってきている「不調のサイン」です。まだ直接的には仕事上のミスにはつながっていないかもしれない。でも、こういう状態を放置していると、遠からずミスにつながっていくのです。

・決められない

喫茶店やランチでお店に入ったとき、席についてすぐにメニューを決められるときと「どれにしようかな」と迷って決められないときというのがあります。「決められない」というのは、結局のところ直感力が鈍ってきているということです。些細なことのようですが、これを「少し調子が落ちているサイン」として捉えられるようになると、日々のコンディションの整え方が変わってきます。

・話を盛りたくなってしまう

会議での議論や同僚との雑談の際、そんなつもりはなかったのに、気付くと思いのほか熱弁をふるっていた、ということはないでしょうか。相手の話の腰を折ってしまったり、たいした根拠もないのに、自分の主張を大きく、声高に押し付けてしまったりしたことはないでしょうか。

こういった行動も、実は不調のサインである可能性が高いと考えられます。もちろん、仕事上の議論のなかで、本当に譲れない意見があるなら、熱弁をふるい、相手を説得しようとすることもあるでしょう。それは別に、不調のサインではありません。問題は、それほど強い意見があるわけでもないのに「口が勝手にしゃべっている」ような状態で話してしまっているケースです。これは不調のサインと考えられます。

事実をしっかりと検証し、証拠を確かめることなく、なんとなく自分の話を大きくしてしまう。いわゆる「話を盛る」ということをやってしまっていたら、不調のサインだと捉えたほうがよいと思います。

いつもに比べて考えが浅い、十分に思考を巡らせていることができていない。そういうとき、私たちは無意識のうちに「まずいぞ、これでは相手を説得できない」「相手に自分の意見がちゃんと伝わっていないかもしれない」という焦りにとらわれています。

こうした無意識の焦りこそが、「話を盛る」背景にある心の動きです。実際よりも話を大きく、飾り立てるようになってしまっていることに気づいたら、速やかにブレーキを踏むことが必要です。

・仕事を辞めたい

ここまで紹介したサインと少し性質が違いますが、実は「仕事を辞めたい」というのも、不調のサインのひとつとして覚えておいてもらうとよいと思います。

もちろん、辞める理由がはっきりしているなら、辞めてもいいんです。他にやりたい仕事がある。あるいは、今の職場にいると、どうしても自分がダメになってしまう。そうした理由が自分のなかではっきりと判断できているなら、仕事を辞めることには、まったく問題ありません。

ただその一方で、単純に「調子が悪い」ことによって「辞めたい」という気持ちが生じている、というケースも少なくありません。

調子が悪い状態が続くと、仕事のパフォーマンスが落ちます。すると当然、同僚から好意的な視線を受けなくなる。そうやって同僚や上司との関係が悪化してしまっていることで「なんとなく辞めたい」という気持ちになっている……。

こういうケースでは、生活のリズムを整えて、早寝早起きを取り戻すだけで、つまり身体のコンディションを上向きにしていくことで、「辞めたい」という気持ちが自然と消えていくことも少なくありません。本当に辞めたいと思っているのか、ただ「不調の結果」として「辞めたい」という気持ちが生じているのかは、区別が必要です。

不調のサインに気付けば8割解決する

人は常にベストパフォーマンスを出せるわけではありません。仕事をしていれば必ず、好調のときもあれば、不調のときもあります。ただ、自分の調子のよしあしをもう少し頻繁に感じ取ってチェックすることで、仕事のパフォーマンス(成果)をある程度、コントロールできるようになります。

調子が悪いときには、ミスしやすい仕事や、ミスが大きな問題に結びつくような仕事を避ける。あるいは、重要な案件は、睡眠を十分とって調子が戻ってから改めて判断する。こうやって対策を取ることができれば、常にある程度のパフォーマンスを維持することができます。

大切なのは、実際に大きなミスや失敗を犯す前に、自分の不調に気付いておくこと。大きな不調に陥る前に、日頃から、自分の状態をもう少しだけ正確にモニタリングしておくこと。これは、一見些細なことに見えるかもしれませんが、ストレスの多い現代の社会で働いていくうえでは、文字通り生命線といっていいくらい、大切なことだと私は考えます。

信号でいえば、赤信号に変わる前の、黄色信号の段階で手を打っておく。普通だったら気付かないぐらい何気ない不調のサインに気づける人は、不調から回復するのは早いし、不調の間も、パフォーマンスをある程度の範囲に収めることができるのです。

次回に続く

 

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プロフィール

名越康文
名越康文

精神科医。相愛大学、高野山大学客員教授。専門は思春期精神医学、精神療法。
臨床に携わる一方、TVやラジオ番組でのコメンテーターや映画評論、漫画分析など、さまざまな分野で活躍する精神科医。
近著に『「SOLO TIME」ひとりぼっちこそが最強の生存戦略である」』などがある。

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