こんな仕事絶対イヤだ!

江戸版ものまね芸人は遊郭で人気だった――影芝居

2017.06.11 公式 こんな仕事絶対イヤだ! 第31回

巷では相も変わらず企業の労働環境に関するニュースが絶えませんが、歴史を紐解いてみれば、ブラックな職業は大昔から存在していました。そこで本連載では、古代・中世ヨーロッパや日本の江戸時代にまで遡り、洋の東西を問わず実在した超ブラックな驚くべき職業の数々を紹介していきます。あなた達は、本当のブラック職業を知らない……

声オンリーのものまね芸人

江戸時代版ものまね芸人。人気役者や売れっ子芸人などの声色で芝居を演じた。やっている内容自体は、現代とさして変わりがないと言えよう。鳴り物として鐘や拍子木(ひょうしぎ)を用いたが、ネタの最中チョンチョン鳴らし続ける“拍子木漫談”とかそういうシュールなやつではなく、ふつうにBGM代わりに使用されていたようだ。また、幕末には隅田川の屋形船で演じるのが人気を集めたとのこと。なかなかシャレているではないか。

影芝居の芸人はあまり体を使って笑いを取ることはなく、扇子やほっかむりなどで口元を隠し、あくまでも声色メインで演じていた。わりとストイックである。当世においては総理大臣のものまねが定番ネタのひとつだったりするわけだが、江戸時代でそんなんやったらお縄を頂戴すること必定であろう。将軍を“暴れん坊”呼ばわりしても許されるには、まだ100年ばかりの時を要するのであった。それなら、幕末なんだしペリーのものまねでもやっとけばとりあえずバカウケなんじゃね? なんて思ったりもするのですが、いかがでしょう。幕末偉人ファンは数多存在しているけれど、ペリーファンというのは今も昔もあまり聞いたことがないので、キャラ設定とかユルくてもいけそうな気がするのだが。

そのペリー提督によって開国させられた後、明治時代になっても影芝居は存在し続けた。演ずる場所は、寄席はもちろん遊郭にも広がっていた。現代においてもストリップ劇場で漫才が親しまれていた時期があったが、影芝居が活躍した当時も“艶”と“笑い”の親和性は高かったようである。

(illustration:斉藤剛史)


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プロフィール

清水謙太郎
清水謙太郎

1981年3月、東京都生まれ。成蹊大学卒業後にパソコン雑誌の編集を手がける。また、フリーライターとして文房具、自転車などの書籍のライティングや秋葉原のショップ取材等もこなし、多岐に渡る分野でマルチな才能を発揮している。

著書

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