2020ヤクルト 高津流スワローズ改革!

二軍監督を経験した強みは
一軍指揮にどのようなプラスをもたらすか

「スワローズらしい良い文化を継承し、明るい素晴らしいチームを作っていかなくてはならない」――就任会見でそう語った、東京ヤクルトスワローズ高津臣吾1軍監督。昨季、2軍監督という立場からチームを支えてきた高津監督は、思わぬ事態に見舞われたこの2020シーズン、1軍監督としてどのようなビジョンでリーグ制覇を目指していくのか。本連載では、今年もインタビュアーに長谷川晶一氏を迎え、高津監督の野球論を余すところなくお届けしていく。

(インタビュアー:長谷川晶一)

――8月を迎えました。粘り強い戦いを続けて、首位・巨人に必死に食らいついている状況が続きますが、今回は「一軍監督と二軍監督との違い」について伺います。高津監督は2017(平成29)年から三年間、二軍監督を務めています。

高津 当時は、「選手たちがいかに気分良くプレーできるかどうか」を常に意識し、そのための環境作りを心掛けていましたね。

――二軍監督時代に発売された『二軍監督の仕事』(光文社新書)にも、そのことが書かれていました。ざっくりとした質問となってしまいますが、改めて「二軍監督の仕事とは?」と問われたら、どのように答えますか?

高津 二軍監督というのは、一軍に選手を送り出すのが仕事であると同時に、故障者や不調の選手を受け入れるのも仕事です。つまり、若い選手を鍛えて一軍に送り出す。その反対に不振にあえぐ選手の場合は「どこが問題なのか?」を見極めること、あるいは故障者の場合は「どの程度の故障で、どんなリハビリメニューを組めばいいのか?」をきちんと判断すること。こうしたことがメインの仕事だと考えてやっていましたね。

――では、「一軍監督の仕事とは?」という質問に対しては、どうお答えになりますか?

高津 まだ一年目のシーズンで偉そうなことは言えないけど、今の僕が感じているのは、「目の前にいる一軍の選手たちを指導し、マネジメントしながら、何とか勝利に導くこと」ということになるのかな? さらにそれに加えて、ファームのことも常に頭の中にはあります。つまり、「育成選手、支配下選手約70名全員をマネジメントすること」。それが、自分の一番の仕事なのかなって思っています。

――前述した『二軍監督の仕事』の副題は「育てるためなら負けてもいい」とあります。当然、一軍監督ではこのような考えではないと思います。

高津 もちろんです。「全体を統括する」という点では、「この選手はまだファームでじっくり育てた方がいい」と思いつつ、いざ一軍の試合においては「目の前の一点のために、早くファームから連れてきたい」という思いもあります。その辺りはブレてくる部分もあると思うけど、やっぱりブレてはいけないのだと思っています。

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プロフィール

高津臣吾
高津臣吾

1968年広島県生まれ。東京ヤクルトスワローズ監督。広島工業高校卒業後、亜細亜大学に進学。90年ドラフト3位でスワローズに入団。93年ストッパーに転向し、20セーブを挙げチームの日本一に貢献。その後、4度の最優秀救援投手に輝く。2004年シカゴ・ホワイトソックスへ移籍、クローザーを務める。開幕から24試合連続無失点を続け、「ミスターゼロ」のニックネームでファンを熱狂させた。日本プロ野球、メジャーリーグ、韓国プロ野球、台湾プロ野球を経験した初の日本人選手。14年スワローズ一軍投手コーチに就任。15年セ・リーグ優勝。17年に2軍監督に就任、2020年より現職。

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