10月半ば、トランプ大統領の発言が注目を集めた。トランプ大統領によると、インドのモディ首相が「ロシア産原油購入を停止すると約束した」とのことだった。ところが、その直後、インド外務省の説明では、「そのような話には関知していない」とのことだった。何が起きているのだろうか。
このような発言になるのは、トランプ大統領とモディ首相にそれぞれ、政治的な思惑があるからだ。そこで、本稿では、それぞれの政治的な思惑について分析するとともに、そもそもインドはロシアからの原油輸入を停止することが可能なのか、検証し、米印関係の今後の方向性について分析することにした。
まず、トランプ大統領にとって、なぜインドのモディ首相がロシア産原油購入を停止すると約束したことが、それほど大事なのだろうか。トランプ政権に近い地政学者の世界情勢分析を聞くと、それが類推できる。
そもそも英米の地政学においては、世界を大陸勢力(中国とロシア)と、海洋勢力(アメリカ、イギリス、日本など)に分け、海洋勢力は大陸勢力を分断して対抗する、といった議論が続いてきた。つまり、中国とロシアの分断は、常に目標であった。
ところが、ロシアのウクライナ侵略の結果、ロシアは多くの貿易相手を失い、中国との貿易に強く依存するようになった。結果、中露は分断するのではなく、より強固に結びついてしまった。
トランプ政権は、この状況を変えようと試みているものと思われる。アメリカにとって脅威となるのは、経済的に強力で、その経済力に支えられた軍事力を保有しつつある中国であり、経済力が弱いロシアではない。
だから、アメリカとしては、中露を分断し、ロシアと組んで中国に対抗したい。そのためには、ロシアのウクライナ侵略を停戦に持ち込み、ロシアと交渉したい、ということになる。
そのため、トランプ政権は、昨年11月に大統領選挙に勝利して以後、積極的にロシアとウクライナの停戦交渉に取り組んできた。この夏には、プーチン大統領をアラスカに呼んで、直接首脳会談を開いた。問題は、そのような取り組みが実を結んでいないことである。
トランプ政権としては、ロシアに圧力をかけて、停戦に持ち込みたい。ロシアの経済は原油などの天然資源輸出に支えられているから、昨今、ウクライナは、これを停止させようと、ロシアのエネルギー関連施設を集中的に攻撃している。
そのような中で、中国やインド、トルコ、その他いくつかのヨーロッパ諸国などがロシアから原油を輸入しなければ、大きな打撃になるはずだ。そこでトランプ大統領は、少しでもロシア産の原油が輸出できない兆候があれば、それを積極的に発信して、ロシアに圧力をかけ、停戦に応じさせたい、との思惑がある。「インドは輸入をやめるみたいだぞ。ロシアよ、それでいいのか」といった具合に、である。
では、インド政府の方は、なぜ、トランプ大統領の発言を否定したいのだろうか。モディ政権にとって深刻なのは、モディ首相の行動がアメリカの圧力に屈したようにとらえられることだ。
トランプ大統領の就任当初、首脳会談も行われ、とてもいい関係だった米印は、関税交渉と印パの軍事衝突においてアメリカが停戦に貢献したか、をめぐってぎくしゃくするようになってしまった。そしてロシアから原油や武器を買っているとして、アメリカはインド製品への関税を50%に引き上げた。インドにとってアメリカは最大の貿易相手国だったから、関税50%は大きな影響を与えている。