もともとインドは、イギリスの植民地だった過去、冷戦時代にソ連側だったこともあって、アメリカに対する感情的な反発が強い。しかもバイデン政権の時代に、米印関係はさらにぎくしゃくしていて、トランプ政権がこのような雰囲気を変えてくれることを期待していた。
ところが、トランプ政権下でも米印は関係が改善しておらず、インドではアメリカに対する反発が非常に強まっている。そのような環境下で、もしモディ首相が、アメリカの圧力に屈したようなイメージが出れば、それは、モディ首相への支持に大きく影響する。
しかも、モディ政権への支持は、以前ほど安定していない。依然として与党インド人民党(BJP)は第1党であるものの、昨年の選挙では過半数に達しておらず、連立政権となった。
トランプ大統領の発言の少し後、11月頭にあるのが、その連立相手の命運がかかったビハール州の選挙だ。そんな時にモディ政権としては、アメリカの圧力に屈したかのようなイメージは作れないのである。
しかも、インドは意外と義理堅いところがある。インドはロシアに恩を感じているようだ。第3次印パ戦争時、アメリカはパキスタンを支援し、インドに対して空母を派遣した。その時ソ連は、原子力潜水艦をインド洋に派遣し、アメリカの空母を迎え撃とうとしてくれた。
インドはそのことに感謝している。だから、ロシアのウクライナ侵略で、ロシアが孤立化した時も、インドはロシアを少し支援したいとの意向もある。
加えて、ロシアがインドにとって最大の脅威である中国と連携している姿も面白くない。インドがロシアを支援することで、インドはロシアを中国依存にしすぎないよう考えているわけである。
そう考えると、モディ政権にとって、トランプ大統領の発言を認めるのはまずい。インドの外務省は「関知していない」という形で、その有無をも含め、ごまかしておいたほうがいいと、判断したわけである。
そこで気になるのは、そもそも、インドはロシアからの原油輸入を停止することができるのだろうか、という問題である。ロシアがウクライナ侵略をする前、インドはロシアから原油をほとんど輸入していなかった。だから、その前の状態に戻ればいいのであるから、可能なようにみえるが、実際には、そう単純ではない。もしロシアからの輸入を止めた場合、代わりの供給元を見つけなければならないからだ。
インドが2024年輸入した原油の内、36%がロシア産だ。イラクからが21%、サウジアラビアからが13%、アラブ首長国連邦(UAE)からが9%、そしてアメリカから3%、その他が18%である。ロシアからが非常に多い。それだけ大量の原油の供給元を見つけるのは容易ではないはずだ。
ただ、現在の原油の状況は、インドが代わりの供給元を見つけやすい状況にある。需要に比べ供給が上回り、原油の価格が下がっているし、アメリカも積極的に輸出しているからだ。実際、インドは25年、アメリカからの原油輸入を急増しつつある。
過去にインドは、アメリカの圧力を受けて、ベネズエラ、イランからの輸入をやめた経緯がある。ロシアからの輸入はそれよりもはるかに大きいが、実施可能とみられる。
実際、トランプ政権がロシアの主要な石油会社2社に制裁を課して以降、インドの民間企業はロシアからの原油輸入を止めつつあるようだ。インド国営の石油会社は輸入を継続するようだが、明らかに量は減る傾向にある。
何が起きつつあるかといえば、あまり宣伝しないようにしてはいるものの、インドのモディ政権は、アメリカのトランプ政権の意見を受け入れ、ロシアからの原油輸入を最小限にし、代わりにアメリカからの原油輸入を増やしつつあることになる。
それだけでなく、米印は、その他の協力も再開しつつあるようだ。マレーシアを訪問したアメリカのヘグセス国防長官とインドのシン国防相は、今後10年間を念頭に置いた防衛枠組み協定で合意した。本来は、今年の夏に予定されていた協定だが、最終的に締結されたのである。
まだ米印間の関税交渉は、まとまっていないし、11月にデリーで予定されていた日米豪印4カ国の枠組みQUAD(クアッド)の首脳会談も実施されず、来年実施されるかどうか、といった情勢になりつつある。そのような中でも、ロシアからの原油輸入の問題、防衛協力などが進み始めている。米印関係は徐々に、新しい状況に適合し始めた、といえよう。