「新幹線電気軌道総合試験車」と聞いて、何を指しているかわかる人は決して多くないだろう。しかし、「ドクターイエロー」と聞けば、誰もが車体を黄色に塗られた新幹線を思い浮かべるはずだ。
およそ10日に1回の割合で、東海道・山陽新幹線の線路上を走行しながらさまざまなセンサーを使って線路の歪み具合や架線の状態、信号・電流の状況などをチェックする。定期的に健康診断を受けることで身体の異常や病気リスクの早期発見につながるのと発想は同じだ。これが「新幹線のお医者さん=ドクター」と呼ばれるゆえんである。
このような役割を持つ検測車はほかの新幹線区間や在来線でも数多くあるが、ドクターイエローほど有名な存在はないだろう。
1編成7両。1号車は前方監視カメラ、2号車は架線測定用パンタグラフ、3号車は観測ドーム、4号車は軌道測定用台車といった具合に、車両ごとに特別な機器を搭載して役割をこなす。
客を乗せて走ることはなく、走行スケジュールは公開されないことから、駅のホームに立っていると突然、ドクターイエローがやってくることもある。いつの頃からか「出会えれば幸せになる」と言われるようになった。
海外の鉄道関係者の間でもドクターイエローは関心が高い車両だ。10年近く前になるが、海外向けに新幹線を説明する英文資料には、新幹線とは車両、電力・信号・通信設備、軌道、土木構造物、防災・防護設備などのハードと、オペレーション&メンテナンス、組織体制、人材育成・開発といった無形の要素ソフトが集積したシステムの総称であると説明されており、そのシステムの構成要素にドクターイエローも含まれていた。海外ではドクターイエローは新幹線のインフラメンテナンスの優秀性を示す象徴と認識されているのだ。
ところで、その後、ドイツ・ベルリンで隔年にて開催される世界最大の鉄道見本市「イノトランス」を訪れると、中国の鉄道車両メーカーのブースで高速鉄道車両のカタログが配られていた。手に取ってページをめくると、旅客列車の写真に混じって、車体が黄色く塗られた「総合検測電車」の写真が掲載されていた。
世界の鉄道事業者にとって、黄色は「注意喚起」を表す色である。ドクターイエローも夜間走行時に目立つよう、また駅停車中に客が誤って乗ろうとしないように黄色が採用された。
鉄道発祥の地である英国でもドクターイエローと同じような機能を持つ検測車が運用されているが、やはり車両全体が黄色く塗られている。その意味で、中国の検測車両が黄色く塗られているのは納得がいく。
ただ、英国の検測車は「フライングバナナ(空飛ぶバナナ)」と呼ばれているのに対し、中国の検測車は「黄医生」という愛称を持つ。日本語に直せば「黄色い医者」。色どころか愛称も同じ。ドクターイエローに対する敬意の表れとも取れそうだ。
ここで、ドクターイエローの歴史について簡単に振り返ってみたい。東海道新幹線の開業当初、軌道状態の検測と電気関係設備の検測は別々の車両で行われていた。
電気関係設備の検測車(T1編成)は1963年に当時世界最高速度の時速256キロメートル(km)を記録した車両で、毎週1往復程度の運行をしていたが、軌道関係設備の検測車両(921形)は検測時の最高速度が時速160kmにとどまり、新幹線の営業速度を大きく下回っていたため昼間の走行には適さず、新幹線の営業運転が終了した深夜に走行して検測していた。
山陽新幹線の開業に合わせて74年に軌道設備と電気設備の検測を同時にできるT2編成が導入された。0系をベースに開発されたことから最高速度は0系と同じ時速210kmとなり、昼間の営業時間帯に運行することが可能となった。