第二次安倍晋三政権下で内閣情報官と国家安全保障局長を務めた北村滋氏は、「国際テロ情報収集ユニットは対外情報機関の先駆けといってよい組織ですが、任務がテロ関連の情報収集に限定されています。人員を拡充し、大量破壊兵器の不拡散や経済安全保障関連での情報収集も担わせることを検討しても良いでしょう」(21年9月12日付『読売新聞』)と主張している。
対外インテリジェンス組織は、海外にアセットを持つ外務省の協力が不可欠だ。CTU−Jも組織上は外務省に設置されているが、他方、情報機関は情報と政策の分離の原則から、政策官庁の中に置くことは好ましくなく、また政治指導者に直接情報を伝えられることが重要なので、同組織は内閣官房の指揮下にも置かれている。そのため日本が対外インテリジェンス組織を持つのであれば、CTU−Jの拡充が最も現実的な方法であるが、どのような組織としていくかは、さらに議論を詰めていく必要があるだろう。
現在、CTU−Jは100人規模の組織だが、対外情報機関となると相当な数の人員が必要となってくる。13年の自民党、当時の民主党、みんなの党による超党派議員の提言によれば、人員500人、予算200億円程度から始めるのが妥当との指摘もある。
ただ問題は、それほどの数の即戦力をどこから集めてくるかだ。カギを握るのは、公安調査庁の再編だ。
公安調査庁は法務省の外局であり、その所掌事務は破壊活動防止法(破防法)による規制対象の調査を行うことである。破防法自体は大戦直後に制定された法律で、当時は共産主義勢力の監視を想定していた。しかし冷戦終結後、共産主義勢力の活動は極めて低調となり、それに比例して破防法を根拠とした調査活動も低調となっている。
公安調査庁自らも近年の活動領域については、経済安全保障やサイバーテロを挙げており、そちらにより多くの人員を割いている。同庁の定員は1800人程度であるので、破防法に従事している調査官を法務省に残し、後の調査官は新たな対外インテリジェンス組織に合流させるというのも手であろう。
その後は外務省のような専門試験によって、情報収集や分析に長けた若者を採用するやり方も考えられる。あとは部内にインテリジェンスの研修機関を設置し、そこで教育・訓練を徹底することも必要である。現在、日本政府内にインテリジェンス研修のプログラムは皆無に等しい状況であるため、この点についてもきちんとしたものを整備していくことが必要になってくる。
内閣情報局、スパイ防止法、対外インテリジェンス組織の制度が整備されたとしても、それだけでは不十分だ。インテリジェンスにとって最も重要なのが、外交・安全保障分野における国家戦略であり、この戦略を基に、政治指導者はインテリジェンスの要求を発する。そして情報要求に基づき、対外インテリジェンス組織は情報を集めて分析することになる。つまりどれほど優秀な情報組織があっても、政治指導者がそれを使いこなすことができなければ、宝の持ち腐れとなってしまう。
例えば英国のインテリジェンス制度は1930年代後半にはほぼ整備されていたが、40年まで首相を務めたネヴィル・チェンバレンは、対外インテリジェンスを軽視してドイツとの戦争を招いた。しかしその後、首相となったウィンストン・チャーチルが、既に整備されていたインテリジェンス制度を使いこなすことで、英国は第二次世界大戦に勝利することができたのである。
日本でもこれまで首相がインテリジェンスに無関心な状況が続いてきた。日本では政治家が首相になって初めてインテリジェンスに触れることになるが、慣れてきた頃には大抵、退陣の憂き目に遭い、またインテリジェンスに関心のない政治家が新たな首相となって同じことが繰り返されてきたといえる。
最近の例外は、第二次安倍政権であり、安倍氏は外交・安全保障政策のためインテリジェンスを活用することができた。ただしそのために当時の谷内正太郎・国家安全保障局長、北村・内閣情報官らが頻繁に首相ブリーフィングを行い、政策とインテリジェンスの関連性を訴えたことが大きかった。さらに当時は自民党の部会でもインテリジェンス関係のものが設置されており、ここでも北村情報官が政治家にインテリジェンスの重要性を説明していた。
このような事務方の尽力によって、安倍氏はインテリジェンスの重要性を認識し、それを国家安全保障会議における政策決定に繋げることができたのである。つまり将来政治指導者を目指すような政治家は、インテリジェンスの活用について前もって習熟しておく必要があり、そのような勉強の場を設けておくことも重要だろう。