
●この記事のポイント
法制審議会で審議中の会社法改正が、日本企業の意思決定構造を根底から変えようとしている。焦点は「みなし決議(書面決議)」の全員同意要件の緩和。実現すれば臨時株主総会なしで増資・M&A・組織再編が迅速に決定可能となる一方、少数株主保護の後退を懸念する法学者・機関投資家との対立が激化。スタートアップ支援・グローバル競争力強化と株主権利保護のバランスが問われる。
いま、日本の会社法が大きく動こうとしている。
舞台は法務大臣の諮問機関である法制審議会の会社法部会。そこで議論されている改正案のひとつは、多くの経営者やビジネスパーソンの耳にはまだ届いていないかもしれない——。しかし実現すれば、日本企業の意思決定の速度と構造を根本から塗り替えかねないテーマだ。
それは「みなし決議(書面決議)の要件緩和」。株主総会を開かずに決議ができる制度を使いやすくする、ただそれだけのことのように聞こえる。だが、この一手が引き起こしうる波紋は、経営者・投資家・従業員・そして社会全体に及ぶ。
●目次
日本の会社法改正は、近年かつてないペースで進んでいる。2019年改正での株主総会資料の電子提供制度の導入、コロナ禍を契機としたバーチャル株主総会の解禁、取締役の報酬決定方針の明確化——これらに共通するキーワードは「デジタル化」と「ガバナンス(企業統治)の強化」だった。
しかし、現在進行中の改正論議の文脈は、これまでとは明らかに異なる。過去の改正が主に「不祥事の防止」や「情報開示の充実」を目的とした”守りのガバナンス”を志向していたのに対し、今回の核心は「攻めの経営の加速」にある。
背景にあるのは、長年にわたって指摘されてきた日本企業の宿痾ともいえる問題——。すなわち、意思決定の遅さだ。グローバル競争においてGAFAを筆頭とするメガテック企業や、法制度が柔軟な米国デラウェア州や英国、シンガポールに設立された企業と渡り合うために、日本の会社法そのものをアップデートしようという動きが、ようやく本格化してきたのである。
今次改正の主要テーマは、大きく二つに整理できる。
一つ目は、スタートアップ支援の文脈での株式報酬の簡素化だ。自社株を従業員・役員への報酬として付与するストック・オプション等の仕組みは、資金力に乏しい起業初期のスタートアップが優秀な人材を引き寄せるうえで不可欠のツールだ。シリコンバレーでは当たり前のこの手法が、日本では複雑な手続きと高い運用コストのせいで活用しにくい実態があった。改正案ではこの手続きを大幅に簡略化し、「株式」という報酬の武器を日本でも広く普及させることが狙いとされている。
二つ目は、M&A(企業の合併・買収)及び組織再編プロセスの合理化だ。事業環境の変化が激しい現代において、M&Aは企業の成長戦略に欠かせない選択肢となっている。しかし日本では、買収・合併・会社分割に際して必要となる株主総会の招集、通知期間の確保、膨大な書類の作成といった法定プロセスが、機動的な経営判断の妨げになっているという批判が根強い。改正論議では、こうした手続きの迅速化が検討されている。