日本企業の致命的な「意思決定の遅さ」が変わる?会社法「みなし決議」緩和の衝撃

 ただし、実務家の間でより大きな注目を集めているのは、これら二つのテーマよりもさらに根本的な論点だ。

本丸は「みなし決議」の要件緩和

「みなし決議」(書面決議)とは何か。まず言葉の説明から始めよう。

 通常、会社の重要事項(増資、合併、定款変更など)を決定するには、株主を一堂に集めた株主総会を開催し、そこで議決を取る必要がある。これが原則だ。

 しかし、株主が少人数の中小企業やスタートアップにとって、わずかな案件のために株主総会を正式に開くのはコスト面でも時間面でも負担が大きい。そのため会社法には「株主全員が書面(または電磁的記録)で同意すれば、実際に総会を開催しなくても決議があったとみなす」という仕組みが設けられている。これが「みなし決議(書面決議)」だ(会社法第319条)。

 問題は、現行法がこの制度を使うための条件として「株主全員の同意」を求めていることにある。オーナー一族だけが株主であるような閉鎖的な会社なら問題ない。しかし、VC(ベンチャーキャピタル)や機関投資家、個人投資家など複数の外部株主が存在する企業にとって、「全員」から個別に同意を取り付けることは事実上、非常に困難だ。スケジュール調整だけで1〜2週間かかるケースも珍しくなく、結果として書面決議制度が「あるのに使えない制度」と化している実態がある。

 今回の改正論議では、この「全員同意」の要件を、「総株主の議決権の一定割合(例:3分の2以上)の同意」に緩和することが検討されている。

緩和で何が変わるのか:三つの具体的インパクト

 もし、みなし決議の要件が緩和されれば、実務上の変化は小さくない。

(1)意思決定スピードの劇的な向上
 現在、緊急の増資や定款変更のために臨時株主総会を開催するには、招集通知の発送(原則として総会の1〜2週間前まで)や会場の手配、書類作成といった準備に相応の時間を要する。書面決議が実質的に使えるようになれば、取締役会(経営陣の会議)に近いスピード感で株主レベルの意思決定が完結する。意思決定リードタイムの短縮は、特に競争の激しいデジタル産業において大きな競争優位となりうる。

(2)M&A・資金調達の機動力が向上
 スタートアップが新たな出資を受ける増資ラウンドを実施する際や、事業会社がM&Aの好機を逃さず素早く組織変更を行う際に、株主総会の招集スケジュールがボトルネックとなる場面は多い。要件緩和は「チャンスを逃さない経営」を法制度の面から後押しする。入札型M&Aにおいて日本企業が外資系に対して「決断の遅さ」で後れを取るケースも、改善が見込まれる。

(3)スタートアップの実務負荷を大幅に軽減
 未上場の成長段階では、複数のVCが株主として並立するケースが増えている。現行では全VCの同意が取れないがゆえに書面決議が使えず、やむを得ず物理的な臨時総会を開催するという非効率が生じていた。これが解消されれば、スタートアップの運営コストと経営陣の時間的ロスが大幅に削減される。

「現行の全員同意要件は、実態として機能していないというのが多くの実務家の共通認識です。複数のVCから出資を受けたスタートアップでは、全投資家の書面同意を集めるだけで1〜2週間かかることも珍しくありません。一定割合の同意で足りるとする改正案は、現実の経営実態に即した合理的な見直しと評価できます。特にシリーズAからBにかけての成長フェーズにある企業にとって、この改正の実務的メリットは計り知れない」(企業法務を専門に扱う弁護士事務所のパートナー弁護士)

対立する「二つの正義」:推進派 vs. 慎重派

 しかし、この改正をめぐる議論は単純ではない。そこには鋭い対立軸がある。