第三の工程が港からの持ち出し。大手物流企業は独自の検査手続きを行っており、密輸の疑いがある商品の輸送を拒否することがある。そこで検査能力が低く、かつ買収しやすい小規模事業者が選ばれる。
また、麻薬密輸の手法を応用した「Rip-on, rip-off(抜き取り・紛れ込ませ)」というテクニックもある。港湾関係者を買収し、検査が終わったコンテナの中にAI半導体を紛れ込ませる。コンテナには未開封を示す封印シールがつけられているが、わずか3分間という短時間でAI半導体を運び入れ、偽造シールにつけかえる。
最後の工程が積み替えだ。持ち出したAI半導体を直接、中国に運び込むルートは追跡されやすく、発覚のリスクが高い。そこで第三国を経由して中国に輸送する。貨物を紛失したとの名目で、実際には海上で別の船に積み替えるといった映画的な手法もあるが、検査のゆるい国を経由することが多い。
同報告書は、AI半導体がひとたび販売国から第三国へと移動すれば、その後の追跡は絡まった毛糸を解くような難易度だと指摘し、輸出管理は本質的に穴を塞ぎきれない手段だと論じている。
後手に回ってきた密輸対策だが、ここ半年あまり摘発された事例が増えている。米司法省は25年11月にAI半導体の不正積み替え容疑で米国市民と中国籍の容疑者を逮捕。同年12月には中国関連のAI技術密輸ネットワークを摘発し、5000万ドル超の関連技術と現金を押収した。
26年3月には、米サーバー製造大手のスーパー・マイクロ・コンピューターのイー・シャン・リャオ共同創業者ら3人が、米司法省に起訴された。24年から25年にかけて数十億ドル規模のスーパーマイクロ製サーバーを購入し、台湾、東南アジアを経由して中国に密輸した容疑だ。AI半導体の密輸が産業レベルに拡大していることが示された。
そして、最新事例として、冒頭であげた日本経由の密輸容疑が摘発された。通関検査官や港湾関係者が買収されやすい途上国ではなく、日本が経由地になったのはなぜか。
東南アジアなど既存の経由地への監視が強化される中で、密輸が少ないとみなされている日本の方が安全との判断からではないか。昨年、アメリカで猛威を振るうフェンタニル系薬物の原料(前駆体)が、中国から日本経由で密輸されている疑惑が明らかになった。AI半導体とドラッグで扱っている商品は違うが、ロジックは共通している。
「国際的に信用されている日本からの発送ならば検査は緩くなる」、つまり日本の信用が悪用されたわけだ。
また、日本はAI半導体の「買い付け」工程でも密輸犯に狙われてもおかしくはない。エヌビディアのAI半導体を購入できる公式代理店、認定を受けた機器メーカーや販売事業者がアジア太平洋地域で最も多い国だからだ。
エヌビディア製AI半導体を大量保有するさくらインターネットの田中邦裕社長は25年、X(旧ツイッター)に「輸出規制をすり抜けようという怪しいGPU提供をする企業が日本に存在する」「機関投資家とのラウンドテーブルで、中国へのGPU提供が儲かるらしいから御社はどうかと聞かれました。当社はやらないとキッパリ言いました」と投稿している。
日本で買い付けされたAI半導体の密輸事件は現時点では摘発例こそないものの、密輸が存在している可能性は高い。
これほど大規模な密輸が横行しているとなると、現行の半導体輸出規制は無意味ではないか。この疑念については米国でも賛否両論の議論が交わされてきたが、妥当な答えとしては「完全な規制は実現できていないが、中国のAI開発をある程度制約している」というものになろう。
そもそも、リスクとコストが発生するAI半導体密輸がこれほど流行していること自体が中国でのAI半導体不足を証明している。十分な数が確保され、中国企業がプレミアム料金を支払わなくなれば、密輸は衰退するはずだ。
ゆえに米国政府は今後も先端半導体の輸出規制強化を続けていくだろう。密輸対策もさらに徹底される。日本もその信用が悪用されることがないよう、独自の対策強化が必要となっている。