定年後の問題は、本人だけの話ではない。愛媛県で行われた調査(藤本弘一郎院長、2002年)では、「老後に夫と暮らすと妻の死亡リスクが約2倍に高まる」という衝撃的な結果が示された。九州大学の「久山町研究」でも、女性の死亡危険因子として唯一挙がったのが「結婚(=夫の存在)」だった。
信用金庫の融資部長だった武志さん(60歳・仮名)は、定年後も妻に上から目線で接し続けた。昼食に細かく注文をつけ、日常的なモラハラ発言が続いたことで、妻には「夫源病」と呼ばれる心身症状が現れた。夫が外出している時間だけ、体調が回復したという。
「亭主元気で留守がよい」は昭和の話だ。熟年離婚は増加の一途をたどっており、厚生労働省「人口動態統計」によれば、2024年の離婚件数は約19万組で、このうち同居期間20年以上の夫婦の離婚は約4万組にのぼる。熟年離婚は、離婚全体の中でも一定の割合を占め続けており、定年後の夫婦関係をどう再構築するかは大きな課題となっている。50代のうちから意識的に作り直す必要がある。
著者が本書全体を通じて繰り返すのは、「50代こそ準備期間だ」というメッセージだ。定年後に孤独で居場所を失った男性たちの事例は、いずれも「50代に何もしなかった」という共通点を持つ。
具体的に著者が勧めるのは次のような行動だ。まず、社外の人間関係を少しずつ築くこと。趣味の集まりや地域活動への参加は、3カ月に1度でも構わない。次に、「会社の常識」への依存を自覚し、他の社風や価値観に触れる経験(再就職・アルバイト含む)を積むこと。そして、家事に参加し、妻との対等な関係を今のうちに作ること。いずれも地味だが、定年後の「6月病」を防ぐ確かな処方箋になりうる。
仕事を継続している男性は、そうでない人と比べて死亡率・認知機能低下率・脳卒中リスクがいずれも低いという研究結果(慶應義塾大学・岡本翔平氏ら)もある。定年は「終わり」ではなく、新たなステージへのシフトだ。
定年後に多くの男性を蝕む「6月病」の正体は、長年の会社依存・人間関係の狭さ・家庭への無関心が一気に噴き出したものだ。お金や健康だけ準備しても、「居場所」と「つながり」がなければ、定年後の人生は想像以上に過酷になる。
臨床医そして脳科学者としての豊富な経験と、具体的な事例に基づく処方箋が詰まった『定年を病にしない』は、50代の今こそ読んでおくべき一冊だ。定年まで数年という人から、すでに定年を迎えた人まで、「自分ごと」として読める内容になっている。手遅れになる前に、今すぐページを開いてほしい。