スターマーの辞任とバーナムが就任、サッチャー政権から広がるイギリス政治の混乱…日本が学ぶべき教訓とは?

2026.07.29 Wedge ONLINE

今もなお、英国に残る
サッチャー政権の遺産

 社会の基本的な枠組みが揺らぐ時、状況を理解する助けになるのは歴史である。とりわけ、英国社会が抱える分断の実態を正確に把握するためには、1979年から90年まで首相を務めた女性政治家・サッチャーの業績を振り返るのが不可欠だ。なぜなら、サッチャーこそは現在の英国政治の基本的枠組みや、グローバル化を特徴とする冷戦後の国際秩序の形成に際して、大きな影響力を持った人物であるからだ。

 サッチャーは階級社会の英国において、比較的貧しい家庭の出身でありながら、初の女性首相となった。新自由主義的な荒療治により、インフレや労使紛争で危機に陥っていた英国経済を立て直すことに一定程度成功した。外交面では、米国のレーガン大統領・ソ連のゴルバチョフ書記長の双方と親密な絆を築くことに成功するなど、冷戦終結に深く関与した政治家でもあった。

 サッチャー政権が国際的な資本移動の自由化と金融の規制緩和(ビッグバン)に踏み切ったことは、グローバル経済の誕生に一役買った。国営企業や公営住宅の民営化・規制緩和は、日本を含め多くの国々に波及した。反面、製造業の立て直しには失敗したため、サッチャー以降の英国経済は、サービス業(とくに金融業)と不動産ブームに依存することになる。こうしたいびつな経済構造は、国際的な金融街シティーを中心に繁栄するロンドンやイングランド南東部とそれ以外の地域との間や、不動産を持つ者と持たざる者の間に、大きな格差を生んだ。

 サッチャーはドイツ統一やヨーロッパ通貨統合に強硬に反対した政治家でもある。88年9月にベルギー・ブリュージュ市で行ったブリュージュ演説は、保守党がEUに懐疑的な方向に変化していくきっかけになった。結果として、英国はユーロへの参加を見送ることになる。これは、英国内の親EU派と反EU派、英国と他のEU諸国との間での、妥協の産物であった。

 こうした問題点は、経済成長が持続している間はかろうじて覆い隠されていた。しかし、2008年リーマンショック以降のグローバル金融危機により英国経済が大きな打撃を受けると、様々な形で政治への不満が噴出する。それまで、格差の存在は「自己責任論」によって正当化されてきたが、経営危機に瀕した金融機関の救済のために多額の税金が投入されたことで、その説得力は失われた。同時に、EUがユーロ危機に対処するために金融規制や経済運営の一体化に乗り出したことは、ユーロ圏の一員でない英国の発言力を低下させ、従来のような「いいとこ取り」の姿勢を続けることを困難にした。これが東欧諸国からの移民流入への不満とならんで、英国内でEU離脱論が強まった原因である。

 サッチャー流の自己責任の政治に倦んだ人々が引き寄せられたのは、移民やEUといった外部の「敵」や、それと結託しているとされた「エリート」に矛先を向ける、ポピュリズムの政治であった。

英国が鳴らす日本への警鐘
今こそ求められる政治とは

 言うまでもないが、日本政治の状況は英国とはかなり異なる。日本はカナダと並んで、つい最近まで先進民主主義国の中でもポピュリズム勢力の台頭がみられない国だとされてきた。EUのような、わかりやすい外部の標的もない。

 しかし外国人労働者の受け入れや、世代間格差、社会保障制度の持続可能性などをめぐって、人々の不満や価値観の違いが着実に広がっていることを鑑みれば、英国の混乱は決して遠い国の出来事ではない。

 自民党政権は、これまでも英国から多くを学んできた。日本での一般的なサッチャー像は、構造改革を進めた小泉純一郎元首相に近いように思われる。しかしサッチャー政権には、資産価格の上昇を促し、賃金の伸び悩みへの不満を抑えた点において、「アベノミクス」を掲げた安倍晋三元首相との共通点もある。高市早苗首相は尊敬する人物として、サッチャー首相と安倍首相の2人を挙げているが、バブル経済の発生を避けるためにも慎重な舵取りを行うことが、まずは求められよう。

 高市首相の政権運営で気がかりなのは、日本が抱える問題に正面から向き合うよりも、有権者の共感を得られるメッセージを発することが優先されているように思われることである。「円安ホクホク」発言はその最たるものと言えるだろう。

 民主政治にとって重要なのは、社会の中には様々な立場が存在することに正面から向き合った上で、なるべく公正な解決策を考案することである。

 移民や外国人に責任をなすりつけるポピュリズムは、国内においてグローバル化の便益が不平等に配分され、格差を拡大させる一方、財政赤字や年金の世代間格差を通じて高齢世代が若年世代に負担を押しつけているという現実から、目を背けさせるものでしかない。支持率の高い政権だからこそ、問題の先送りは避けるべきである。

 財政や社会保障制度の改革に踏み込み、多様な立場の人々が納得できる公平さを追求してこそ、本当の意味での社会的連帯に支えられた、安定的な政治が実現するのではないだろうか。

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