他人と比べない

浄土真宗住職が教える、「他人に捉われない」ための心の整え方

2026.08.28 公式 他人と比べない 第1回
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他人に「執着する」のは、ごく当たり前のこと

「わかってはいるけどやめられない」とよく言われますが、人間とは「自分で思っているほど合理的でもなく、誠実でもなく、また一貫してもいない」生き物です。

「どうしても他人のことが気になる」のも、そんな人間の抱える矛盾をあらわした言葉といえるのではないでしょうか。

「気にしたってしょうがない」
「できることなら気にしたくない」

そうわかっていても、気がつけば他人に意識が向いてしまっている――心当たりのある方も多いことでしょう。

やっかいなのは、このクセとも言える意識の習慣により、自分の気持ちが掻き乱されることです。

例えば、自分と他人を比較してしまう。
相手の言葉を深読みしすぎてしまう。
他人の成功や幸せにざわついてしまう。
相手の機嫌に振り回されてしまう。
他人の評価を気にしすぎてしまう。

このように気持ちを掻き乱されてしまうと、自分のすべきことに手がつかなくなってしまいます。換言すれば、自分を見失ってしまいます。

こうした心理状況に覚えがある方、自分もそうだ、でもできれば抜け出したいという方は、次のような考え方を意識してみてはどうでしょう。

まず最初に、他人のことが気になってしまうのは悪いことではなく、ごく自然なことであると受け止めてみてください。

私たちは生きている限り、他人と関わらずにはいられません。だからこそ、他人の言動や評価が気になってしまうのです。それは決して特別なことではありません。

しかし問題は、その「気になる」という心が強くなりすぎることです。
こうなると、私たちは「自分の人生を生きるのではなく、他人の人生に振り回される」ようになってしまいます。

この心の状態を「執着」と呼びます。
「執着」とは、心が何かにしがみついて離れられなくなることを意味します。
つまり、物事を自分の思い通りにしたいという思いにとらわれている状態です。

他人の言動や評価、環境、人間関係に「執着」すると、

「あの人にどう思われているだろう」
「あの人には嫌われたくない」
「あの人は自分より恵まれている」
「あの生活が羨ましい」

そういった不安や羨望、嫉妬が心を支配し、そこから頭が離れなくなってしまい、時に攻撃的な感情にも駆られてしまいます。
すると、本来の自分らしさが影を潜め、自分自身で物事を見たり考えたりする自由が奪われていきます。

これこそまさに「自分の人生を生きていない」状況なのです。

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プロフィール

大來尚順
大來尚順

浄土真宗本願寺派大見山超勝寺住職
山口市議会議員/著述家/翻訳家

1982年、山口市(徳地)生まれ。龍谷大学卒業後に渡米。米国仏教大学院に進学し修士課程を修了。その後、同国ハーバード大学神学部研究員を経て帰国。僧侶として以外にも通訳や仏教関係の書物の翻訳なども手掛け、執筆・講演・メディアなどの活動の場を幅広く持つ。2019年、龍谷大学 龍谷奨励賞を受賞。著書に『訳せない日本 日本人の言葉と心』『端楽』『楽に生きる』『あなたは、あなた。』(アルファポリス)、『超カンタン英語で仏教がよくわかる』(扶桑社)など多数。

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