「わかってはいるけどやめられない」とよく言われますが、人間とは「自分で思っているほど合理的でもなく、誠実でもなく、また一貫してもいない」生き物です。
「どうしても他人のことが気になる」のも、そんな人間の抱える矛盾をあらわした言葉といえるのではないでしょうか。
「気にしたってしょうがない」
「できることなら気にしたくない」
そうわかっていても、気がつけば他人に意識が向いてしまっている――心当たりのある方も多いことでしょう。
やっかいなのは、このクセとも言える意識の習慣により、自分の気持ちが掻き乱されることです。
例えば、自分と他人を比較してしまう。
相手の言葉を深読みしすぎてしまう。
他人の成功や幸せにざわついてしまう。
相手の機嫌に振り回されてしまう。
他人の評価を気にしすぎてしまう。
このように気持ちを掻き乱されてしまうと、自分のすべきことに手がつかなくなってしまいます。換言すれば、自分を見失ってしまいます。
こうした心理状況に覚えがある方、自分もそうだ、でもできれば抜け出したいという方は、次のような考え方を意識してみてはどうでしょう。
まず最初に、他人のことが気になってしまうのは悪いことではなく、ごく自然なことであると受け止めてみてください。
私たちは生きている限り、他人と関わらずにはいられません。だからこそ、他人の言動や評価が気になってしまうのです。それは決して特別なことではありません。
しかし問題は、その「気になる」という心が強くなりすぎることです。
こうなると、私たちは「自分の人生を生きるのではなく、他人の人生に振り回される」ようになってしまいます。
この心の状態を「執着」と呼びます。
「執着」とは、心が何かにしがみついて離れられなくなることを意味します。
つまり、物事を自分の思い通りにしたいという思いにとらわれている状態です。
他人の言動や評価、環境、人間関係に「執着」すると、
「あの人にどう思われているだろう」
「あの人には嫌われたくない」
「あの人は自分より恵まれている」
「あの生活が羨ましい」
そういった不安や羨望、嫉妬が心を支配し、そこから頭が離れなくなってしまい、時に攻撃的な感情にも駆られてしまいます。
すると、本来の自分らしさが影を潜め、自分自身で物事を見たり考えたりする自由が奪われていきます。
これこそまさに「自分の人生を生きていない」状況なのです。