日本は、ブラジルなど南米主要国が加盟する南米南部共同市場(メルコスール)との経済連携協定(EPA)交渉を始める。2026年6月、主要7カ国(G7)エビアン・サミットに出席していた高市早苗首相がブラジルのルーラ大統領と会談し、日・メルコスール経済連携協定交渉開始を確認する首脳共同声明が発出された。続いて6月30日にパラグアイ・アスンシオンで開かれた第68回メルコスール首脳会議において、原加盟4カ国と日本とのEPA交渉開始が正式に発表された。
メルコスールはアルゼンチン、ブラジル、パラグアイ、ウルグアイの原加盟国に、後年加盟したボリビアを加えた関税同盟である。ベネズエラは12年に加盟したが、国内で野党勢力への抑圧が行われたり、権威主義体制が強まったりしたことを受け、17年に権利・義務の全面停止となっている。
加盟国間の貿易は多くの品目で自由化されつつ、第三国からの輸入品については、同一の関税率表(対外共通関税:TEC)にもとづいて課税する仕組みになっている。こうした多国間の関税同盟で欧州連合(EU)をイメージする読者も多いかもしれないが、メルコスールはヒト・モノ・サービスの域内自由化の側面では共通点も多いものの、共通通貨は存在せず、域内貿易でも多くの例外品目が残っている。
EUに類似するが統合の深度は浅い地域統合と理解するのが適切である。なお、ベネズエラの資格停止にみられる通り、民主主義の完全な維持を加盟の不可欠な条件に設定している点で、日本と共通の価値観を持っているといえる。
この3兆1600億ドル(25年時点)という経済規模と2億8300万人の人口を擁するメルコスールとのEPAは、日本にとって好機と言える。日本が「守るべきもの」として農畜産物に焦点が当たりがちではあるが、何を得るべきか、そしてメルコスールそのものについて深掘りした記事は少ない。本稿では、メルコスールの本質を歴史から読み解くとともに、日本が交渉から「得るべきもの」を考察する。
メルコスールでは通商交渉に関する原則として、加盟国は単独で域外国との自由貿易協定(FTA)を締結せず、メルコスールを単位として交渉するというものがある。その背景には、中南米域内の統合の歴史と、対先進国を念頭に置いた通商面での交渉力向上という戦略がある。
中南米では、キューバ革命に危機感を抱いた米国の影響力により60年以上前から地域貿易協定を通じた自由化が進められていた。中米地域で60年代から経済開発・域内貿易の活性化のため、自由貿易地域が形成された。
一次産業化を脱すべく工業化が進んでいたメキシコおよび南米主要国間でも、相互に市場を開放することでお互いの発展を目指すラテンアメリカ自由貿易連合(ALALC)が形成された。このALALCは厳格性がネックとなり、ラテンアメリカ統合連合(ALADI)へと引き継がれ、メルコスールが誕生している。
メルコスールの実現には、ブラジルやアルゼンチンにおける産業・通商政策の転換も後押しした。ブラジルやアルゼンチンでは、80年代後半まで外国から買っていた工業製品を国内で製造する輸入代替工業化政策が採られていた。国内と海外の接点を関税や規制で管理しており、対外通商交渉の能力を向上する動機も薄かった。
しかし、経済政策の失敗で高インフレを招き、大きな政府から小さな政府への転換による財政赤字削減、インフレ抑制策の一つとしての国内市場の開放プロセス進展など、新自由主義的政策に国内がシフトした。通商戦略にも変化が求められ、対外交渉力を向上させる必要が生じたのである。