3点目は、時期と動機の問題である。では、どうしてこの時期にこのような強い措置である個人への制裁が発動されたのかというと、大きく分けて2つあると考えられる。
直近の問題としては、水面下でトランプ政権が動いているというウクライナ和平が関係している可能性がある。ICCはロシアのプーチン大統領に対して逮捕状を出しており、仮にプーチン氏がICC加盟国の領土に立ち入った場合は当該国には同氏を逮捕する義務が生じる。
仮に和平の条件として、プーチン氏が本人の安全と免責を条件にしてきた場合、そしてアメリカがこれを受け入れて別の条件とともにウクライナを説得にかかった場合、ICCの逮捕状というのはある種の障害として浮上してしまう。また、今後、ウクライナとロシアの首脳間での直接交渉が、仮にアメリカの仲介で計画されるにしても、ICC加盟国は地理的に避けなくてはならなくなる。
そうした直近の問題が絡む中で、アメリカの現政権が実務的にICCを敵視するということはありうる。最近のトランプ大統領は、必ずしもロシアの利害に引きずられてはいないが、和平を実現して国内外にアピールするという意欲は強いものがあるようだ。そんな中で、現在進行形の問題として、ICCが邪魔だという見解を持つ動機はある。
もう一つは、この赤根氏への制裁を行ったのがアメリカの外交当局であり、その責任者がルビオ国務長官だということだ。ルビオ氏は、2028年の大統領選では、ヴァンス副大統領と並んで共和党の有力候補だと言われている。
仮にそうだとして、トランプ氏は100%の信頼を与えているのかというと、これは分からない。というのは、現政権が任期を終えた以降も、政権関係者、支持者、大統領の家族に関する法的な問題が続くからだ。
具体的には、支持者による議会暴動、一族による仮想通貨の発行や、大統領の政策に絡んで頻繁に行われている株取引などである。トランプ大統領は、自分の任期中は恩赦を与える権利を最大限に利用しているが、退任後の扱いとしては次期大統領が継続して恩赦をするかにかかっている。
仮にルビオ氏が後継となった場合に、同じように旧政権関係者に忠誠を示すかどうかは、トランプ氏には一種の懸念事項である可能性がある。11年以来、上院議員として国政の最高機密に関与してきたルビオ氏は、仮に権力を握った場合には、北大西洋条約機構(NATO)や国連と協調する「普通の保守政治」に戻ってしまうのではないか、その場合にポピュリズム政治を支えた人々にも冷淡になるのではないか、そのような懸念である。
あまり良い例えではないが、秀吉晩年の豊臣政権のような疑心暗鬼にも似た話であるが、可能性として全くゼロとは言えない。良い例えではないというのは、ルビオ氏が家康だというのは、比喩として適切ではないからだが、それはともかく、この間のルビオ氏は「グリーンランド領有構想」などにも関与し、特に「ベネズエラ侵攻とマドゥロ逮捕」という超法規的な作戦も任されてきている。そんな中で、キューバ系2世のルビオ氏は、「キューバへの軍事侵攻」などという事態を指揮させられるのは、さすがに避けたいに違いなく、ならば「ICCへの圧力行使」など、孤立主義的で国際法を軽視する行動によって、忠臣ぶりを見せておきたいと考えた可能性はある。
ウクライナ和平にしても、ルビオ氏との駆け引きにしても、もちろん、証拠はない。あくまで仮説に過ぎないが、そうであっても時間的に現時点という極めて限定的な話だということは注目に値する。トランプ政権として、政権の実績として「ICC廃止」を歴史に刻むという野心を計画的に抱いているのではない可能性が強い。
今回の事態に対する高市早苗首相の対応は、基本的に冷静であり、また閣僚や自民党内の発言を総合することでは、欧州諸国などと連帯して、ICCと赤根氏を支えることにはなっていると思う。また、日本はICCに対する世界最大の資金提供国であり、この点についても微動だにしない姿勢である。もちろん、トランプ氏を横目に他の環太平洋諸国とTPPを粛々と進めた故安倍晋三首相のように、法の支配という大原則を掲げて欧州諸国などと連携ができれば、これに越したことはない。
けれども、ここまで述べてきたように、そのような派手な活動がICCや赤根氏を支えることになるかは疑問である。ここは政府として揺るぎのない姿勢を保ちつつ、静かにICCと赤根氏を支えるのが最も得策ではないかと考える。