韓国文学ブーム引っ張る「女性作家たち」の凄み

現在、韓国では1970年代以降に生まれた女性作家の活躍が目立っている(写真:Penta Press/アフロ)
最近、書店に行くと小説からエッセイ、漫画まで韓国の翻訳書がずらりと並んでいるのをご存知だろうか。韓流ブーム、というと音楽やドラマを思い浮かべがちだが、その波は出版の世界にも訪れている。
その先陣を切ったのが、日本では2018年に発売されたチョ・ナムジュ著『82年生まれ、キム・ジヨン』。本国では130万部を超えるベストセラーとなり、その後映画化された同書は、それまでフェミニズム文学に親しんでこなかった多くの人が新たな文学に触れるきっかけとなった。
韓国文学は「キム・ジヨン」後、どう発展しているのか。特集「激震『韓国フェミニズム』知られざるその後」3日目3本目は、フェミニズム文学勃興の経緯と、新たな注目分野「クィア文学」について、九州大学大学院言語文化研究院の辻野裕紀准教授が紹介する。
【特集3日目のそのほかの記事】
第1回:性少数者は「韓国社会」で20年間どう戦ってきたか
第2回:保守化する「韓国の10代男子」に教師が語ること

加速する韓国文学ブーム

当今の日本における韓国文学ブームは瞠目すべき様相を呈している。韓国関連コンテンツ専門出版社クオン(CUON)をはじめ、さまざまな出版社が韓国文学の翻訳書を陸続と刊行し、多くの読者を獲得している。大型書店の棚には韓国の現代文学が所狭しと櫛比(しっぴ)し、最近では、エッセイや自己啓発書なども増えてきている。こうしたトレンドは最近ますます加速している。

翻って、韓国においては、つとに日本文学が幅広く読まれてきた。1990年代からは村上春樹や吉本ばなな、江國香織など、日本語圏のいろいろな作家たちの作品が韓国語訳で味読され、パク・ミンギュ、キム・ヨンス、キム・エランなどといった、同時代の優れた書き手たちも日本文学の影響を多かれ少なかれ受けていると言われる。そうした長きに亙る非対称性が2010年代後半あたりからの韓国文学ブームにより、少しずつ解消されようとしている。言祝ぐべきことである。

そうした中、日韓双方において、昨今特に注目を浴びている韓国文学のジャンルが「フェミニズム文学」と「クィア文学」である。とりわけ、フェミニズム文学への関心の高さは特筆すべきだろう。韓国文学と言えば真っ先にフェミニズム文学を連想する人も少なくないと思われる。

韓国文学の特集を組んだ雑誌『文藝』2019年秋季号は異例の3刷を記録し、さらに単行本化までされたが、その特集名は「韓国・フェミニズム・日本」であり、「フェミニズム」というワードが克明に刻まれている。韓国フェミニズム自体への眼差しも熱いものがあり、『韓国フェミニズムと私たち』(2019年)のような書籍も刊行されている。

そもそも日本において韓国文学ブームが生じる契機となったのは、周知の通り、チョ・ナムジュ著『82年生まれ、キム・ジヨン』(日本語訳刊行2018年)というフェミニズム小説である。その数年前から、韓国文学ブームの兆候は仄見えていたものの、それを顕在化させたのは、やはりこの作品だと断じてよい。

妊娠、出産によってキャリアを閉ざされた30代女性の半生を通して、不条理な性差別が跋扈する韓国社会の宿痾を剔抉(てっけつ)した小説である。韓国では2016年秋に民音社(ミヌムサ)から上梓され、フェミニズム小説としては未曾有のベストセラーになった。2019年には映画化もされている。

直接的暴力を伴う苛烈な内容ではなく、現代の普通の女性が経験しうる苦悶を精緻に描出したストーリーは、その受け止め方に世代差や個人差はあったものの、多くの女性たちの共感を呼び、〈わたしの物語〉として広く読まれた。主人公の名前「キム・ジヨン」は、1982年に出生した女子の名で最も多いものであり、物語の普遍性を象徴している。韓国同様、ジェンダーギャップ指数の低い日本においても本書が人々の耳目を引いたのは首肯しうる。日本にもこうした本がヒットするだけの土壌が潜んでいたということである。