「あえて仕事しない」が日本でも当たり前になる日

企業がキャリアブレイクを後押しすることは、そうした暴走のリスクを回避し、イノベーションを生むことにもつながる可能性があるのだ。

キャリアブレイクを後押しする企業

実際に、キャリアブレイクを後押しする企業もあらわれている。

たとえば大阪ガスで知られるDaigasグループは、北野さんに研修を依頼。家でも職場でもない「サードプレイス」をテーマにした社員研修を実施した。キャリアブレイクは、会社を辞めることや休職することとイコールではない。会社での仕事から離れて活動する機会を持つことも、広い意味ではキャリアブレイクになる。

Daigasグループでは、社員が働きながら、企業以外で自らのやりたいことを実現することを後押ししている。北野さんの講義がきっかけとなり、社員同士でやりたいことを語り合う場や、そこで生まれた声から実際に公園でジューススタンドを出す取り組みなどが生まれたという。

北野さんは、「Daigasグループのように、社員が一時的に会社のミッションから離れる機会を持つことは、個人のやりたいことや使命感が組織の文化にのみ込まれてしまう『文化中毒』を予防し、イノベーションを生むきっかけになるのでは」と語る。

また、北野さんの著書では日経新聞の働き方改革エディター・井上孝之氏への取材をもとに、「『離職』『休職』『休暇』の視点から、離れる効能を捉え始めている企業がいる」ということが紹介されている。

たとえば「離職」については、離職者を「卒業生」ととらえ、貴重な人的資源として関係を保ち続ける「アルムナイ制度」が、ヤフーや日立製作所や中外製薬、日揮ホールディングスなどの企業に広がっているという。

「休職」を後押しする企業もある。世界的なコンサル大手ボストン・コンサルティング・グループでは、1年に2カ月、勉強や家族との時間、ボランティアへの参加など、自由に過ごすことができる休職制度を導入している。また、休職よりも短期の「休暇」についても、ボランティア休暇やチャレンジ休暇、サバティカル休暇、山ごもり休暇など、さまざまな休暇制度を設ける企業が出てきているという。

これまで日本企業では、離職や休職などにより会社を離れるのは企業側にとってリスクであり、終身雇用などで社員を囲い込む場合も多かった。しかし北野さんは、「現代では、離れることにポジティブに向き合っている企業ほど、離職が少なかったり、離職しても縁でつながっていたりする。キャリアブレイクを後押しすることが、企業の競争力になる可能性がある」と語る。

企業を含めて、キャリアブレイクを文化に

「キャリアブレイクを後押しすることが、企業の競争力になる」と言われても、「そんなの理想論だ」と思う方もいるはずだ。北野さんも、そうした声はよく理解できるという。

「僕も会社を経営しているので、1人を採用することの大変さはよくわかります。苦労して採用した人が会社から離れるとなれば、裏切られたように思ってしまうこともある。実際の現場でキャリアブレイクを後押しするのは、すごくジレンマがあることだと思います」

北野さんが強調するのは、経営者や人事担当者が悪者なわけではないということだ。

「特に、人事担当者への風当たりが強い時代になっていると思うんですよ。普段の業務だけでも大変なのに、働き方改革やキャリアブレイクなどが広まり、労働者側のリテラシーが上がってきたこともあって、経営者と労働者の板挟みになっている人事の方もたくさんいます」

北野さんがまず変えていかなければいけないと考えているのは、経営者や人事の意識ではなく、社会構造だ。キャリアを立ち止まることの意義を伝える機会がない教育の仕組みや、優秀な人の定義が時代の変化に対応していない企業の評価構造などを変えていくことができれば、経営者や人事も気持ちよくキャリアブレイクを後押しすることができるようになる。