斎藤知事の再選を生んだ「テレビは真実を隠している」陰謀論が流布した原因

 前述のPR会社をめぐる問題でも、テレビは連日にわたり斎藤知事の選挙運動で違法行為に該当するものがあった可能性を指摘し、テレビが再びミスリードを犯そうとしているという指摘も出ている。たとえば中央大学法科大学院教授で弁護士の野村修也氏は26日報道の『情報ライブ ミヤネ屋』(日本テレビ系)で「そういう色を付けて、報道に『こういう可能性があるんじゃないか』ってやるのは、この間までテレビに対してみんなが『ちょっと、いったん反省しようね』っていうところに戻っちゃう可能性がある」と指摘している。

 そこで、今回の選挙結果にテレビ報道が何らかの影響を与えた可能性は考えられるのか、また、選挙に関する報道の現場では放送法の制約で自由な報道ができないという実態はあるのかについて、改めて検証してみたい。以下、元日本テレビ・ディレクター兼解説キャスターで上智大学文学部新聞学科教授の水島宏明氏に解説してもらう。

マスコミの選挙報道の“空白”をSNSが埋めたことで加速したマスコミ不信

 一般的にテレビ局や新聞社は、選挙が公示(あるいは告示)され候補者の街頭演説が始まり、選挙カーでの遊説が実施される「選挙期間」になると、それまで以上に「公平・中立・公正」を強く意識するようになります。その結果として、たとえば新聞社ならば政党ごとに同じ字数、あるいは候補者ごとに同じ字数でそれぞれの主張をまとめる、テレビ局ならば各政党あるいは各候補者ごとに平等な時間(秒数)で登場させるように編集して放送することが一般的です。公職選挙法を強く意識するせいですが、さらに放送局は放送法という法律により公平・中立・公正という原則に縛られています。

 今回の兵庫県知事選挙に関して説明すると、告示日は10月31日、投開票日は11月17日です。前日16日までの17日間が「選挙期間」になります。その前に遡ると、斎藤元彦知事が県議会から全会一致で不信任決議案を可決されたのが9月19日。10日以内に議会を解散するか、それとも辞職するかが注目されるなかで、失職すると記者会見で発言したのが9月26日、失職前の最後の退庁が9月27日、9月29日いっぱいで失職しました。

 それまでは連日、斎藤知事をめぐる報道がテレビでは繰り返されていました。斎藤知事による部下に対する「パワハラ」や「おねだり」が果たしてあったのか、こうした疑惑を外部機関などに「内部告発」した部下に対して行った懲戒処分(その後に部下は自殺)が適切だったのかどうかが連日議論されました。この「内部告発」が法律で保護されるべきとされている公益通報に該当するのかどうかも争点でした。県議会が百条委員会という特別委員会を設置して公益通報制度に詳しい専門家を招いて議論する様子も連日、テレビの映像で流されました。一つの地方自治体のトップと議会でのやりとりが全国放送で、しかも比較的識者たちが議論するワイドショーなどでこれほど長期間にわたって取り上げられるケースはあまりなかったことです。

 ところが10月31日に選挙が告示されて選挙期間が始まると、様相は一変します。前述したように「選挙報道の公平・中立・公正」を理由にテレビは斎藤氏の問題を深掘りして報道しなくなりました。なぜ県知事選が行われることになったのかなど、それまで長い時間報道していた問題が、候補の一人である斎藤氏をめぐるものであるために、深掘りすると映像の面だけを考えても斎藤氏が登場する場面が格段に増えてしまい、「公平・中立・公正」ではない報道になってしまう恐れが出てきたのです。このため、テレビも新聞も従来どおりの表面的な、ある意味で機械的な選挙報道に終始しました。