日産の役員がホンダとの経営統合に反対した背景として考えられる点について、人事・戦略コンサルタントの松本利明氏はいう。
「日産もホンダも指名委員会等設置会社であり、役員の指名は指名委員会が、役員報酬の決定は報酬委員会が行うことになっています。現在、日産の役員報酬はホンダよりも大幅に高く、これは日産は海外の大企業を含めたグローバルスタンダードをベンチマークとして、ホンダは日本企業のスタンダードを基準としているからだと考えられます。経営統合による持ち株会社設置や子会社化によって、ホンダの意向が色濃く反映されるかたちで報酬委員会が開かれれば、両社の差を埋めるために日産の役員報酬が大きく引き下げられる可能性が高いです。そうなると、日産の役員は納税面で苦労する可能性も出てきます。
また、ホンダと比較しても多い日産の役員の人数が大きく削減されて、役員ポストから外される人も数多く出てくると予想されます。以上から、日産の役員が経営統合に反対するのは不自然ではないでしょう。
ちなみに日本企業では報酬委員会は独立した組織として報酬を決定するとされていますが、日本人役員と比較して外国人役員の報酬が突出して高いケースというのは珍しくなく、実際には外国人役員は就任にあたって経営側と報酬額を交渉できるかたちになっています」
松本氏は、役員報酬の金額は見かけ上の金額のみから評価すべきではないという。
「ホンダは取締役および監査役の退職慰労金を09年に廃止しており、日産も07年に廃止していますが、日産はアシュワニ・グプタ元COOに退職に伴う報酬として5億8200万円支給(2024年)するなど、報酬委員会が『退任時報酬』を支払うかどうかを判断できるようになっており、これは事実上、退職慰労金に近いとものという見方もできます。一般的に役員報酬と比較して退職慰労金にかかる税金は低いため、節税対策の意味合いで役員報酬を低めに抑えて退職慰労金のほうで多く払うようにしている企業もあるため、そうした種目の金額とトータルでみていく必要があります」
日産とホンダが持ち株会社方式による経営統合に向けた協議に入ることで合意したのは昨年12月。背景には日産の経営悪化があった。北米事業をはじとする海外事業の悪化などに伴い、日産の2024年4~9月期連結決算は、売上高は前年同期比1.3%減の5兆9842億円、営業利益は同90.2%減の329億円、経常利益は同71.9%減の1161億円、純利益は同93.5%減の192億円。当初は3000億円の黒字予想だった25年3月期通期の純利益を「未定」に修正し、グローバルで生産能力の20%削減と従業員9000人の削減を行うと発表した。昨年3月に発表した中期経営計画「The Arc(アーク)」では26年度にグローバル販売台数を23年度から100万台増となる440万台に、営業利益率を6%以上に引き上げるとしていたが、11月には撤回した。
資金繰りにも懸念が生じている。日産は25~26年3月期に約1兆円の社債の償還を迎える。また、23年に仏ルノーとの資本関係を見直してお互いの株の15%を持ち合うかたちにした際、ルノーはそれまで保有していた日産株をいったん信託銀行に信託しており、日産は今後買い戻す必要があり、現時点で6億8600万株、約2500億円相当が残っているとされ、その買い戻し資金も必要となる。日産の自動車事業は昨年12月末時点で約1兆2000億円の手元資金を持っているため、すぐに資金繰りに窮する可能性は低いとみられているが、23年3月には米格付け会社S&Pグローバル・レーティングが日産の長期発行体格付けを「トリプルBマイナス」から投機的水準となる「ダブルBプラス」に引き下げ、24年11月にはムーディーズ・ジャパンが日産の発行体格付けの見通しを「安定的」から「ネガティブ」に変更(格付け自体は「Baa3(トリプルBマイナスに相当)」で据え置き)するなど、格下げ圧力が強まっている。そのため、社債発行時に大きな上乗せ金利が必要となるなどして資金調達コストが上昇する懸念がある。
そうしたなかで日産が繰り出した延命策が、昨年8月にEVの分野などで戦略的パートナーシップを締結していたホンダとの経営統合だった。予定では今年6月に最終合意を締結し、来年(26年)8月までに両社の持ち株会社を上場させて経営統合が完了する計画だったが、協議はわずか1カ月余りで破談。すでに1月の段階で不穏な空気が流れていた。両社は1月までに統合の方向性について一定の判断をする予定だったが、期限を2月中旬に延期していた。
(文=Business Journal編集部、協力=松本利明/人事・戦略コンサルタント)