「AIが答えを出す時代」に必要なのは“問う力”…楠木建×中村憲剛が語る知の継承

 基調講演には、一橋ビジネススクールの特任教授の楠木建氏、元サッカー日本代表の中村憲剛氏が登壇。経営戦略の第一人者である楠木氏による講演では、「ナレッジが生み出す競争戦略」をテーマに、歴史的な経緯からナレッジがどのように生まれてきたかを紐解いた。

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一橋ビジネススクール特任教授 楠木建氏
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元サッカー日本代表 川崎フロンターレのリレーションズオーガナイザー 中村憲剛氏

 講演の中で楠木氏は、AIに関連して語られる「ナレッジ」の多くが実際には「情報」にすぎないと指摘。「AIは便利ですが、人間が関わってはじめて知識となる」「AIは自己完結的に知識を創造することは、定義上できない」と述べ、AIが発達した現代だからこそ、人間による知識創造やナレッジマネジメントの重要性がいっそう高まっていることを示唆した。

 続いて、元サッカー日本代表で現・川崎フロンターレのリレーションズオーガナイザーの中村憲剛氏は、「サッカークラブから学ぶ、フィロソフィーの系譜」をテーマに登壇。1997年のクラブ創設以来、積極的かつ攻撃的なプレースタイルがどのように受け継がれてきたか、クラブ哲学の継承について自身の経験を交えながら振り返った。講演では、クラブの哲学が組織にどう根付いているか、組織経営にも通じる「知の継承」の実例として紹介された。

 川崎フロンターレでは、トップチームからアカデミーまで指導方針を一貫させ、育成選手がトップでも同じスタイルを体現できる仕組みが構築されている。中村氏は「三笘選手など、日本代表に選出されるフロンターレ出身選手が年々増えている。トップが結果を残すことで、育成世代にも明確な道筋が示される」と語る。

 また、クラブの大きな強みとしてファン・サポーターとの一体感を挙げている。2000年J1昇格後に一年で降格を経験したが、翌年のJ2再スタートでは地域との交流を強化。これによりスタジアムの空席が減り、選手の士気向上にもつながった。ファンとの絆は選手や監督が入れ替わってもクラブスタイルが揺るがない要因のひとつとなっている。

「攻撃的なサッカーはクラブの根幹であり、サポーターからの期待も大きい。スタジアムには、攻撃的でなければならないという空気が生まれ、それが選手にも伝わり、『1-0で勝って終わればいいはずなのに、もっと得点を奪いにいく』気持ちが自然に芽生える」と中村氏は説明。トップが揺るがぬ姿勢を示し、ファンの応援を受けて選手がプレーする。この循環がクラブのスタイル継承につながっている事実が示された。

企業経営にも通じる、個人と組織、リーダーシップの形

 さらに、企業などへの示唆として、個人と組織の成長について問われると、「個と組織は一体であり、どちらも大事。個の成長が組織を押し広げることもあれば、逆に組織がしっかりしていれば個が伸びることもある」と語った。

 自身の経験では、2014年の風間八宏監督が着任した際「組織なんて気にしなくていい、まず一人ひとりがうまくなってほしい。個が天井知らずに伸びれば、組織も天井知らずになる」という言葉が印象に残ったという。それまでプロサッカー選手は組織の中で成長するものと捉えていたが、個が先に磨かれてもいいのだと気づき、今の指導でも自立した選手の育成を重視していると語った。

「また、クラブの調子がよい時とそうでない時の違い」と問われた際には、2017年のクラブ初タイトル獲得の裏側に触れた。鬼木達也監督のもと「得点は取るが、失点は許さない」という方針に切り替わったことで守備意識が格段に向上し、チーム全体で厳しさをもって戦えたことが大きかったと振り返る。「それまで攻撃重視で守備が手薄でも大きな叱責はなかったが、監督交代を契機に選手の守備意識も高まり、怠慢なプレーが際立つようになったことでチーム全体が引き締まった」と述べた。

 一連の講演は、個人と組織の在り方や明確なリーダーシップ、そして知の継承という観点で、クラブ運営のみならず企業経営にも通じる実践的なヒントを提供する内容となった。

 本イベントでは、企業・スポーツ界それぞれの実践者が、現場で培ったナレッジや組織の一体感のつくり方について具体的な体験を交えて紹介された。AIや仕組みだけではなく、人による知識や経験の積極的な共有こそが企業やチームの成長、変革の原動力であるという気づきが得られる機会となった。

(取材・文=福永太郎)