映画業界の関係者はこう指摘する。
「Soraのような動画生成AIで最も脅かされるのは“俳優の存在価値”。昨年のハリウッドストライキの焦点もここでした。ディズニーはOpenAIに明確な一線を引かせることで、俳優組合との摩擦を回避したのです」
つまり今回の提携は、「IP利用の解放」と引き換えに「最重要領域を守る」ディフェンス契約でもある。
■動画配信バブル崩壊で見えた“限界”
Disney+は会員数こそ世界屈指だが、制作費の高騰と市場飽和により、収益化は想定ほど進まない。巨大フランチャイズを維持するには膨大な投資が必要で、「成長=コスト増」という構造的限界に直面している。
「Netflix型の黒字化は極めて難しく、Disney+は規模が大きすぎるがゆえに“伸びるほど赤字”というジレンマを抱えていました」(戦略コンサルタントの高野輝氏)
つまり、従来型のコンテンツ制作モデルだけでは、企業価値を維持できないフェーズに入ったということだ。
■IPを“貸す”ことで収益率は劇的に改善する
そこで浮上したのが、AI企業にIPという“素材”を提供し、ライセンス収益を得るビジネスモデルだ。
映像制作に数百億円を投じるより、AIに素材として“貸し出す”ほうが投資効率は高い。OpenAIからの出資も含め、ディズニーには複数の収益ルートが生まれる。
「IPは“掘れば掘るほど価値が出る金鉱”です。AI時代は、映画を1本作るより“IPを広く活用させる”方が利益率は桁違いに高くなる」(同)
ディズニーが踏み切ったのは、制作会社から“IP商社”へのビジネスモデル転換だといえる。
■グーグル拒否に見る「Pay to Play」の原則
興味深いのは、ディズニーはグーグルなど他社AIにはIP提供を拒否している点だ。
これは思想ではなく、「対価が見合わなければ提供しない」という純粋な経済的判断である。
「ディズニーの本質は“AI反対”ではありません。“タダでは使わせない”というだけ。ライセンスモデルへの移行が極めてビジネスライクに進んでいます」(同)
AI時代の新たなルールがここにある。「金を払えば使える。払わなければ使えない」ディズニーはAI市場にこのシンプルな原理を持ち込んだ。
■日本は“AI拒否”の最後の砦に
日本のアニメ・漫画業界は、世界でも突出してAIに慎重だ。出版社もアニメ制作会社も、AI生成物への警戒姿勢を崩していない。
しかし、海外のオープンモデルによって「日本風AI作品」は増え続けており、実害は防ぎ切れていないのが現実だ。
「日本のコンテンツは世界のクリエイターに強く影響を与えており、その模倣をAIが増幅させる構造は止められません。“拒否するだけ”では防衛にならない」(同)
■ディズニーの“陥落”が突きつけた選択肢
日本企業は、今後次の2つの選択を迫られる。
A:AI学習・利用を原則拒否し続ける
→ 道義的には正しいが、模倣は減らず、収益化の機会を逃す。
B:ディズニー型の“条件付き提携”へ踏み切る
→ コア領域を守りつつ、IPの新しい収益源を確保できる。
あるアニメスタジオの役員はこう懸念する。
「もしディズニーがAIで莫大な利益を出したら、日本の経営層は黙っていない。“なぜうちはAI企業から対価を取らないのか”という株主圧力が必ず強まる」
つまり、日本のIPビジネスもいずれは「拒絶」から「管理とマネタイズ」へ転換する圧力に晒されるということだ。
AI時代、世界が求めるIPは限られる。マーベル、スター・ウォーズ、ポケモン、ドラゴンボールなど、“学習したいIP”は競争力そのものだ。
AI企業が日本IPをどう扱うか——それは企業側の姿勢だけでなく、「日本のIPがどれだけ不可欠な存在か」という価値評価でも決まる。
■AIを“敵”から“収益インフラ”へ変える時代
ディズニーの提携は象徴的だ。AIを“排除すべき異物”ではなく、「管理して利益化するインフラ」として扱い始めた瞬間である。
生成AIは、クリエイティブを脅かす存在であると同時に、適切に管理すれば巨大な市場をもたらす。
ディズニーは、AI時代の知財戦略を「守るだけの知財」から「稼ぐための知財」へと再定義した。
これは、世界のコンテンツ産業のルールを根底から書き換える可能性を秘めている。日本の企業にとっても、避けて通れないテーマになるだろう。
AIとどう向き合うのか。排除か、条件付き共存か、その判断は今後10年の競争力を決定づける。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部)