結果として、AIビジネスの収益モデルも見直しを迫られる。無料サービスでユーザーを集め、広告やサブスクで回収する設計が、権利処理コストの増大に耐えられるのか――。議論は、より現実的なフェーズに入っていく。
この問題は米国の集団訴訟だが、日本の事業者・クリエイターにとっても対岸の火事ではない。なぜなら、日本でも動画クリエイター、報道機関、研究者、企業の広報素材などが、SNS上で無断利用される事例は珍しくないからだ。
また企業側も、マーケティング目的でSNS動画を埋め込んだり引用したりする場面が増えている。そのとき、「どこまでが適法か」「転載・二次利用に該当しないか」「権利者の許諾は取れているか」を曖昧にしたまま進めれば、炎上や法的紛争に直結する。
プラットフォームが“管理する側”としての責任を問われる時代には、投稿者・利用者側のリテラシーも同時に問われる。そして企業が求められるのは、「速さ」よりも「説明可能性」である。
クリエイターの権利を守る盾であるはずのDMCAが、実務上うまく機能していない――。その疑念が、メタという巨大プラットフォーマーに向けて集団訴訟の形で噴き出した。
本件の焦点は、単純な勝ち負けではない。問われているのは、巨大な広告プラットフォームが「違法行為を防ぐインセンティブ」を本当に持っているのか、そして持てない構造なら、社会はそれをどのように規制・設計し直すべきかという点だ。
生成AIが社会インフラ化し、動画や画像の価値がますます高まる時代に、著作権は“守るべき過去”ではなく、“競争力の源泉”になる。無断転載を許す世界では、最前線でリスクを取って作品を生み出す者が報われない。その不均衡は、いずれ市場の信頼を崩壊させる。
メタに突きつけられた今回の訴訟は、ビッグテックが成長のために見過ごしてきたものを、司法が“問い直す”局面に入ったことを示している。そしてそれは、SNSと生成AIの未来に対し、明確な警告となるだろう。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=小平貴裕/ITジャーナリスト)