本来、権利侵害を止めるための仕組みが、権利者を締め出す結果になっているとすれば、被害は単なる収益逸失に留まらない。クリエイターにとってSNSアカウントは、作品発表の場であると同時に、ファンや取引先に対する信用の証明でもある。アカウント凍結は、事実上の“営業停止”に近い打撃を与える。
米国の情報法にまつわる訴訟に詳しいITジャーナリスト・小平貴裕氏は、次のような見解を示す。
「DMCAは、権利者保護と表現の自由のバランスを取るための制度設計だが、現代のSNS規模では“制度が回っていない”という現実がある。誤判定で正当な権利者が排除されると、救済の遅れ自体が二次被害を生む。裁判では、メタが通知をどの程度組織的に処理していたか、あるいは放置していたかが争点になり得る」
SNSは今や、クリエイターの活動基盤そのものだ。その基盤の上で「守るべき人が守られない」状態が続けば、反発が集団訴訟に拡大していくのは自然な流れだろう。
では、なぜメタは十分な対応を取れていないのか。原告側は、メタが「著作権侵害を放置した方が、プラットフォームのトラフィックを維持できる」という構造的誘惑を抱えていると指摘する。
SNSの広告ビジネスは、基本的に「滞在時間×表示回数」で収益が決まる。極論すれば、ユーザーの目を引くコンテンツが多いほど、広告枠の価値は高まる。そこに“無断転載されたバズ動画”が混ざっていたとしても、短期的には数字が作れてしまう。
メタを巡っては過去に、詐欺広告や禁止商品の広告に関して「対策不足が指摘された」とする報道もあり、プラットフォーム上の問題を“収益優先で見過ごしているのではないか”という疑念がくすぶってきた。
もちろんメタ側も、違法コンテンツの削除体制強化や通報処理の改善を掲げてきた立場である。しかし現場で体感される改善が遅ければ、「結局、ビジネスを優先しているのではないか」という疑いは晴れない。
「SNS企業は“中立な場の提供者”でありながら、アルゴリズムで注目を配分する“編集者”でもある。著作権侵害の抑止を本気でやるほど、短期的には滞在時間や再生数が落ちる可能性がある。結果として企業が『コストの割に得がない』と判断しやすい構造がある」(同)
ここにあるのは、単なる怠慢ではなく、ビジネスモデルが内包する倫理的な矛盾だ。メタが問われているのは、法的責任だけではない。「成長のためならどこまで見過ごすのか」という価値判断である。
今回の訴訟が持つ意味は、メタ一社の問題に閉じない。なぜなら、著作権侵害をめぐる社会の視線は、生成AIの学習データ問題にも直結しているからだ。
動画生成AIのOpenAI「Sora」や、各社のマルチモーダルAI(テキスト・画像・動画を扱うAI)は、性能向上のために大量の学習データを必要とする。しかしインターネット上のコンテンツは、権利関係が複雑で、完全なクリアランス(権利処理)が困難なケースも多い。
ここで重要なのは、「著作権侵害コンテンツの放置」と「AI学習データの問題」は同一ではないことだ。ただし共通する根は、“権利処理を後回しにしやすい産業構造”にある。
もし裁判を通じて、プラットフォーマーの管理責任がより強く認定される方向に動けば、SNSだけでなく、AI企業やデータ利用者も「権利処理コスト」を明示的に負担する流れが強まる可能性がある。
「生成AIの競争は『モデルが賢いか』から、『合法的にデータを確保できるか』へ移りつつある。権利者保護の強化は、短期的には開発速度を落とすが、長期的には市場の信頼を回復し、健全な競争条件を作る。今後は“データ調達力”がAI企業の競争力の一部になる」(同)