つまり、確定申告は“税金を最適化する行為”であると同時に、行政側から見れば「所得を確定させる行為」でもある。
【シミュレーション】申告が“得”になるケースと、“損”になるケース
年金生活者が株の損失を相殺するために確定申告(損益通算)を行った場合の例を見てみよう。
前提条件(例)
居住地:東京都23区内(例)
世帯構成:65歳以上、単身世帯、国民健康保険加入
年金収入:250万円(公的年金等控除後の所得 140万円と仮定)
株:特定口座(源泉徴収あり)で利益50万円、別口座で損失50万円
①損益通算で利益が“0”になる場合(基本は得になりやすい)
所得税・住民税:還付が発生しうる
合計所得金額:大きく変わらず
国保料・介護保険料:原則、急変しにくい
結論:申告した方が得になりやすい。
②利益が残る/繰越控除のために申告する場合(危険ゾーン)
損益通算しても利益が30万円残ったり、損失を翌年に繰り越すため申告したりする場合、状況は変わる。
所得が“わずかに増えた”だけでも、軽減ラインを超えれば保険料が跳ね上がるからだ。
国民健康保険には、低所得者に対する「均等割の軽減措置(7割・5割・2割)」がある。この軽減は、基準を1円でも超えると消滅し、翌年の負担が一気に増えることがある。
(例)世帯1人の場合の判定基準イメージ
7割軽減:~43万円
5割軽減:~73.5万円
2割軽減:~99万円
株の利益を申告して合計所得金額が99万円を超えた瞬間、2割軽減が消滅し、均等割が満額請求される。つまり「税金の還付は2万円だったのに、国保料が数万円上がった」という事態が起こり得る。
例えば、ある年金生活者が損益通算で所得税・住民税が合計2万円還付されたとする。通知を見た瞬間は「得をした」と感じるだろう。
だが翌年、国民健康保険料が年5万円上がり、介護保険料も段階が変わって年3万円増えれば、合計負担は8万円増だ。2万円取り戻すために、8万円の追加支出――典型的な“逆ザヤ”である。
介護保険料(65歳以上)は自治体ごとに所得段階が設定されている。株の利益(あるいは配当)の扱いで段階が変わると、毎月の保険料が上がり、年間で見れば数万円単位の増額になり得る。
「介護保険料は“給与のような毎月の感覚”ではなく、前年所得の段階判定という仕組みなので、本人が増加に気づきにくい。しかも自治体差があるため、一般論で安全と言い切れないのが難点です」(村井氏)
社会保険料だけでなく、所得区分が上がることで、次のようなリスクが浮上する。
・医療費の自己負担割合が増える可能性
後期高齢者医療制度では、所得区分によって1割・2割・3割が分かれる。境界線を超えると負担感が一変する。
・高額療養費の自己負担上限が上がる可能性
大きな病気や入院が必要になった場合、上限が上がれば“守られる額”が小さくなる。
・自治体独自給付の条件から外れる可能性
住民税非課税世帯要件などの支援策を失うと、生活防衛が難しくなる。
確定申告は“税金だけの問題”ではなく、老後生活の安全網そのものを動かしてしまう可能性がある。
【重要】2024年度分以降は「所得税だけ申告して住民税に反映させない」が難しい
かつては「所得税で申告しても、住民税では別扱いにできる」という誤解が広く残っていた。しかし近年は行政側のデータ連携が進み、所得税で確定した所得が住民税へ反映され、さらに国保料等の算定へ連動する流れが強い。