その結果、エヌビディアにとって最大級の市場であった中国におけるシェアは大きく低下。一方で、国内チップメーカーの需要は急拡大した。
外資系半導体企業でアジア戦略を担当した経験を持つ戦略コンサルタントの高野輝氏は、次のように分析する。
「米国の規制は“供給遮断”には成功したが、“需要創出”という意味では中国側に利した側面がある。結果として、中国は自給自足に向けた学習曲線を一気に加速させた」
半導体製造において最大のボトルネックとされるのが、オランダASMLが独占するEUV(極端紫外線)露光装置だ。米国の規制により、中国はこの最先端装置へのアクセスを事実上遮断されている。
それにもかかわらず、中国は別の道を選んだ。SMICは、旧世代のDUV(深紫外線)露光を複数回繰り返す「多重露光」技術を駆使し、7ナノ相当の半導体を量産。ファーウェイのスマートフォンへの搭載を通じて、その実用性を示した。
この手法はコストや歩留まりの面で不利とされてきたが、中国は圧倒的な資本投下と試行回数によってそれを克服しつつある。
前出の岩井氏はこう語る。
「理論的に非効率でも、“やり切る資本力”があれば現実を変えられる。中国の半導体開発は、技術革新というより“工業的な執念”に近い」
この変化の中で、最も微妙な立場に置かれているのが日本の半導体製造装置メーカーだ。東京エレクトロン、SCREENホールディングス、ディスコなどは、いずれも世界トップクラスの競争力を誇り、足元の業績も好調に推移している。
しかし、その収益構造を精査すると、中国依存の高さが際立つ。
・東京エレクトロン:約45%
・SCREEN:約42%
・ディスコ:約35%
現在の好業績は、中国企業による“駆け込み投資”と、成熟ノードへの設備投資拡大に支えられている側面が強い。
だが、この状況は長期的には2つのリスクを内包する。
(1)国産化による市場喪失
中国ではNAURA(北方華創)などの装置メーカーが急速に台頭している。現時点では技術差があるものの、数年単位でキャッチアップする可能性は否定できない。自給率が高まれば、日本製装置は市場から排除される恐れがある。
(2)地政学リスクによる「断崖」
米国の規制がさらに強化されれば、日本企業は中国向け輸出を制限される可能性がある。売上の4割前後を占める市場が一夜で消失するリスクは、経営にとって致命的だ。
岩井氏はこう警鐘を鳴らす。
「日本企業は“短期的には最大顧客、長期的には最大の競合”という矛盾した相手に依存している。この構造を放置すれば、いずれ収益基盤そのものが揺らぐ」
中国が半導体生産能力で世界首位に立ったという事実は、単なる順位の問題ではない。それは、サプライチェーンの重心が不可逆的に移動しつつあることを意味する。
今後、家電や自動車、産業機器の多くが「中国製半導体」を前提とした設計になる可能性は高い。これは、日本企業にとって競争環境の前提条件が変わることを意味する。
では、活路はどこにあるのか。
一つは、北米やインドなど新興市場へのシフトだ。もう一つは、ラピダスを軸とした国内半導体産業の再構築である。先端ロジック分野での巻き返しが実現すれば、日本企業は再びサプライチェーンの中核に返り咲く余地もある。
ただし、時間は限られている。前出の高野氏は次のように指摘する。
「中国市場での成功体験に依存し続ければ、気づいたときには“代替可能な存在”になっている。重要なのは、利益が出ている今のうちに次の収益源を育てることだ」
米国の規制は、中国の半導体産業を止めるどころか、むしろその進化を加速させた側面がある。国家主導の資本投入、内製化の徹底、そして市場の強制的なシフト。この3つが組み合わさったとき、産業構造は短期間で書き換えられる。
日本企業にとって現在の“中国特需”は確かに魅力的だ。しかしそれは同時に、未来の競合を育てる過程でもある。
半導体という“産業のコメ”をめぐる覇権争いは、すでに次のフェーズに入った。問われているのは、中国の台頭をどう評価するかではない。それを前提に、どこへ向かうのかという戦略そのものだ。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=岩井裕介/経済コンサルタント)