スタートアップが規制の厳しい領域で勝つために、松井氏が取った戦略は「既存のルールに従う」ことだけではなかった。
「公職選挙法は、1950年に制定された古い法律です。インターネットやデジタルサイネージといった概念がない時代のルールを現代に適用しようとすると、どうしてもグレーゾーンが生じます。そこで私たちは、ルールを後から守るのではなく、ルールを自ら作る側へ回ることにしました」
松井氏は「政策広報DX協会」を立ち上げ、管轄庁である総務省との対話を重ねた。デジタルサイネージを政治活動に利用する際のガイドラインを策定し、法的な位置づけを明確化していったのだ。これは、かつてAirbnbやLuupが、既存の法律(旅館業法や道路交通法)に対して取ったアプローチと同じ「ルールメイキング戦略」である。
私は投資家から「お前は政治領域で起業しろ」と言われていたため、「規制があるからできない、と諦める選択肢はありませんでした。規制があるからこそ、それをクリアしたプレイヤーだけが先行的に市場を独占できる。しかしせっかく民間の知見で政治を変えようとしても政治の経験がない人たちにとっては公職選挙法は複雑怪奇な上、法律だけではなく政治を理解していないと攻めと守りのバランスが非常に難しく、選挙の度に違反者・逮捕者が出てしまうのはとても残念に思います。私たちは徹底的な守りを固めるために、精緻な『公職選挙法チェックリスト』を作成しました。何がアウトで何がセーフか。役所と詰め切ったこのノウハウ自体が、後発企業に対する強力な参入障壁(MOAT)になるのです」
「ファーストペンギンとして市場を切り拓いていくのは簡単なことではありません。特に全く文化も常識も違う政治側と民間側の連携が必須の事業では、双方にハッタリを利かせて進めざるを得ないこともあります。偉い人たちを多く巻き込んでしまっている中で、選挙というテーマ上どうしても話が大きくならざるを得ないため、双方の進むスピードの違いや度重なる選挙の混乱で心臓がえぐれるような経験も何度かありました。まさに絶体絶命でしたが、その時確信したのです。大手がここまでリスクを恐れる領域だからこそ、ここを突破できれば、我々がこの市場を支配できる、と」
松井氏の視線は、サイネージという「道具」の先にある、政治業界全体の構造改革に向けられている。その象徴的な取り組みが、落選議員や政治家志望で民間企業や政府を辞めた方々の積極採用だ。
「『猿は木から落ちても猿だが、政治家は選挙に落ちればただの人だ』という有名な言葉があります。政治家は落選した瞬間、収入を失い、世間からも冷たい目で見られる。しかし、彼らが持つ地域の課題解決能力や、複雑な利害関係を調整するスキルは、ビジネスの世界でも極めて価値が高いはずです」
キャピトルシンクでは、現在多くの元議員や政治家を目指す元官僚を雇用してきた。彼らは「政治の現場」を知り尽くしているため、顧客である現職議員への提案力が極めて高い。同時に、彼らが「もし落選しても、キャピトルシンクのような受け皿がある」と思えるようになれば、志のある若者が政治家を目指す心理的ハードルも下がる。
「私たちは、政治を志す人がリスクなく挑戦できるエコシステムを作りたい。それが、巡り巡って日本の民主主義の質を高めることに繋がると信じています」
キャピトルシンクが目指すのは、単なる広告会社ではない。議員の政策立案や政策提言をサポートするシンクタンク機能も担う。