
●この記事のポイント
2025年の訪日外国人消費額は過去最高の9.5兆円を記録する一方、人手不足、老朽改修の遅れ、外資系ホテルの高価格帯偏重による需給ミスマッチが要因で、客室不足が課題となっている。政府の「地方誘客」も、地方旅館の「人手不足による意図的な稼働抑制」により停滞。2030年の訪日客6000万人目標に向け、需要戦略以上に「供給側の構造改革」が不可欠の状況だ。
2025年、訪日外国人の旅行消費額は過去最高の約9.5兆円を記録した。数字の上では、政府が掲げる「観光立国」の歩みは極めて順調に見える。しかし、その華々しい恩恵は均等に届いていない。
東京都内のホテル客室供給力は2025年初頭から伸び悩み、人手不足と老朽改修の遅れが重なって頭打ちの状態にある——日本総合研究所の最新の試算が示すのは、表面的なブームの裏側に潜む「供給の天井」だ。一方、政府が旗を振る「地方誘客」は、地方の旅館・ホテルが抱える慢性的な構造問題の前に失速の兆しを見せている。訪日客2030年6,000万人、消費額15兆円という野心的な目標に向けて、日本の観光産業はいま、需要喚起ではなく「供給側の再設計」という極めて困難な課題に直面している。
●目次
ホテルの新設ラッシュが続く東京都内で、不可解な現象が起きている。物理的な建物は増えているはずなのに、実質的な客室供給力が頭打ちになっているのだ。
日本総合研究所が、観光庁の宿泊統計を基に「月別宿泊者数÷稼働率」で算出した「潜在客室供給能力」を見ると、2025年初頭を境に伸び悩みの傾向が鮮明となっている。この背景には、供給の「質的変化」と「運営能力の欠如」という二重のブレーキがある。
東急リバブルの調査によれば、2024年に都内で新規開業したホテルの6割強が外資系ブランドだった。これらは高単価なラグジュアリー層に特化しており、一室あたりの面積が広く、結果として都市全体の「収容人数(キャパシティ)」の拡大には寄与しにくい。
さらに深刻なのが運営側の限界だ。帝国データバンクが2025年1月に行った調査では、ホテル・旅館の正社員不足率は72.6%と全産業中で最高水準を記録した。「箱(建物)はあっても、サービスを提供する人がいないために一部のフロアを閉鎖せざるを得ない」という事態が常態化している。
「現在の東京のホテル市場は、建設コストの高騰と職人不足により、既存施設の改修計画が1〜2年単位で後ろ倒しになっています。新設がラグジュアリー層に偏る一方で、中価格帯のビジネスホテル供給が物理的・人員的に制約を受ける『供給のミスマッチ』が起きています。これは単なる需給の不均衡ではなく、都市としての受入キャパシティが物理的な上限(ハード・リミット)に達しつつあることを示唆しています」(観光政策アナリスト・湯浅郁夫氏)
東京の過密を解消し、その溢れた需要を地方へ流そうとする「地方誘客」の試みも、地方側の受け入れ基盤の脆弱さによって足止めを食らっている。
観光庁は、2026年度(令和8年度)予算においてオーバーツーリズム対策費を前年度比2.5倍に増額し、地方での滞在促進を強力に推進している。しかし、現場の熱量は必ずしも一致していない。観光経済新聞の調査によると、地方の宿泊事業者が挙げる最大の課題は、東京以上に深刻な「人材不足」だ。