2026〜2027年は「耐え忍ぶ時期」だ。中国技術の積極活用によるラインアップ拡充とコスト削減に徹し、出血を最小限に抑える。そして2028〜2030年、全固体電池と独自OSを備えた「真の次世代EV」で攻勢に転じる——このシナリオが絵に描いた餅に終わるかどうかは、今まさに問われている。
「日本のEV普及率の低さは、インフラの問題もさることながら、消費者に刺さる『欲しい』と思えるモデルの不在が大きかった。今年は各社からリーズナブルな新型EVが相次いで投入されるタイミングで、市場が動くかどうかの正念場です」(同)
「中国産ホンダ」の登場は、敗北の象徴なのか、それとも生存のための進化なのか。
その答えは、おそらく問い方そのものを変える必要がある。製造場所がどこであれ、設計思想・品質管理・安全基準においてホンダのアイデンティティが担保されているなら、それはホンダの車だ。グローバル化が進んだ現代において、「どこで作るか」よりも「誰が責任を持つか」「何を大切にするか」の方が本質的な問いになっている。
消費者にとっての恩恵は明確だ。中国の開発スピードと規模の経済を取り込むことで、より高性能なEVがより手の届きやすい価格で提供される可能性が高まる。
問題は、この過程で日本の自動車産業が蓄積してきた「ものづくりの知」が空洞化しないか、という点だ。中国メーカーとの協業が深化する中で、「技術を学ぶ側」から「技術を提供される側」への転落を防ぐための自前のイノベーション投資を、いかに継続できるか——。それが、2030年に「和製EV」が真の意味で世界に存在感を示せるかどうかを決する、最も根本的な問いである。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=荻野博文/自動車アナリスト)