社員の間には「マイクロマネジメントの強化では」という懸念も広がった。しかしメタの広報担当者は、その目的を次のように説明している。
「コンピュータを使って日常業務を代わりに行うAIエージェントを開発するには、人間が実際にどう使うかのリアルな事例——マウスの動きやボタンのクリック、ドロップダウンメニューの操作といったもの——が必要です。このツールはそのために社内で稼働させるものです」
ホワイトカラー業務には、マニュアルに書けない「暗黙知」が溢れている。どの順序でアプリを切り替えるか、承認申請のどの部分を先に埋めるか——熟練社員の行動パターンには、言語化されていない業務効率の知恵が宿っている。MCIはこれを「形式知(データ)」に変換するプロジェクトだ。
「人間の業務行動をデータとして収集することは、AIエージェントの精度を飛躍的に高めます。これはAIに業務を教えるための、いわば『家庭教師』の役割を社員に担わせることです。プライバシーへの配慮や同意の問題は今後の議論が必要ですが、技術的合理性は明確です」(小平氏)
この動きはメタだけにとどまらない。2026年に入ってから4カ月間で、テック業界全体の人員削減は7万3,000人超(95社以上)に達し、年間では2025年の12万4,201人を上回るペースで進んでいる。オラクルは約3万人、アマゾンも3万人超の削減を実施した。
各社に共通する要因を整理すると、以下の3点が浮かび上がる。
(1)コロナ特需の人員過剰からの「完全脱却」
2020〜21年のデジタル需要爆発で急膨張した組織は、2023年の「効率化の年(Year of Efficiency)」の取り組みをもってしても完全には適正化されていなかった。今回はその第2章にあたる。
(2)株式市場が評価する指標の変化
株主は単純な「従業員数の多さ」よりも「従業員1人あたりの売上・利益」の最大化を評価するようになっている。AIによる生産性向上が現実のものとなった今、人員規模はむしろ非効率さのシグナルとして読まれかねない。
(3)「AIコア人材」への選択と集中
スケールAIのCEOだったアレクサンドル・ワン氏を140億ドル超の買収を通じてAI部門トップとして迎えたメタは、一方でトップAI研究者に最大15億ドル相当の報酬パッケージを提示している。削減されているのは「全員」ではなく、マーケティング・人事・一般開発など既存事業の定型的なポジションに集中しており、AIエンジニアの採用は並行して続いている。
「AIが全員の仕事を奪う」という予測は過剰だが、「何も変わらない」という楽観論も現実を直視していない。
世界経済フォーラム(WEF)はかつて2025年までに8,500万件の仕事がAIに代替されると予測した一方、9,700万件の新たな職種が生まれるとも示した。ただし、これは「スキル移行を前提にした」数字である点を見落としてはならない。
当面の現実的な方向性は、「人間の完全な代替」ではなく「役割の再定義」だろう。AIエージェントの「指示者・監督者」として人間が機能し、例外処理や倫理的判断、顧客との高度なコミュニケーションを担うという構造だ。テック業界から溢れた優秀な人材が非テック企業やスタートアップへ流入し、DX(デジタルトランスフォーメーション)が産業全体に波及するという好循環の可能性もある。
「問題は速度です。リスキリングが追いつかない層との格差が拡大するリスクは無視できません。企業が個人への投資を怠れば、AIシフトの恩恵は一部にしか届かなくなります。生産性向上の果実を社会全体にどう分配するかは、企業経営だけでなく政策論議が問われる課題です」(同)
メタの「黒字解雇」は、道義的に批判されるべき経営の失態ではない。それは、AIという巨大なゲームチェンジャーを目前にして、企業が生き残るために断行する「適応プロセス」の一形態だ。2026年のテック業界は今、「AI前」と「AI後」の境界線上にある。
もし自分がCEOや大株主の立場であれば、OpenAI・グーグル・マイクロソフトと繰り広げるAI開発レースに負けないために、同じ判断をするかもしれない。そう想像したとき、今起きていることの経営合理性は鮮明になる。
個人にとって問われているのも同じことだ。変化に抵抗するのではなく、「AIを使いこなす側」として自らの役割を継続的にアップデートする柔軟性——それが、この変革期に求められる最も本質的なキャリア戦略である。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=小平貴裕/ITジャーナリスト)