ワールド、新ブランドのカーディガンはなぜ完売したのか…暗黙知×生成AIの経営技術

3. バズに依存しない「プロダクト起点」のマーケティング

「AIが作った服」という珍しさを前面に出すのではなく、デザインと価格のバランスだけで市場評価を受けたことも重要な要因だ。AI活用の事実を伏せて販売したことで、「AIが作ったにしては良い」という甘い評価バイアスを排除し、通常の商品と同じ土俵での純粋な需要を検証できた。

他社が再現するための3ステップ

ステップ1:自社の「こだわり」を言語化する 自社のヒット商品や、逆に「らしくない」と判断された商品を素材に、AIとの対話や画像解析を通じて特徴を徹底的に言語化する。感覚的な合格・不合格の基準を、誰が読んでも共有できるルールブックへと落とし込む作業が土台になる。

ステップ2:AIには初期段階であえて制約を与えない アイデア出しの段階では、原価や製造リードタイムといった制約情報を意図的に与えず、AIに自由な発想をさせる。人間の役割は、ゼロから発想する立場から、大量の案の中から「顧客の心を動かす一手」を見極め、実現可能な形に磨き上げる「選定者・編集者」へと移行する。

ステップ3:小規模な実験ラインで高速に検証する 既存の主力ブランドでいきなり導入するのではなく、ワールドの「OO」のように新ブランドや小規模なカプセルコレクションを実験の場として設け、そこで得られた知見――売れる要素やAI活用のノウハウ――を本体のプロダクトへ還流させる循環構造をつくる。実際に今回生まれたデザイン発想は、ワールドの他ブランドにも展開されたと報じられている。

「今回の事例が示すのは、生成AIの性能そのものよりも、企業が自社の暗黙知をどれだけ形式知化できるかが成果を左右するという点です。世界のファッション企業の9割超が生成AIへの投資拡大を計画する一方、成熟した実装に至っているのはごく一部にとどまるとの調査もあります。差を分けるのは技術投資ではなく、自社固有の判断基準を言語化する地道な作業にほかなりません」(戦略コンサルタント・高野輝氏)

AI時代における「人間の価値」

 矢野経済研究所の調査によれば、2024年の国内アパレル総小売市場規模は8兆5,010億円(前年比101.7%)と4年連続で拡大したものの、コロナ禍前の2019年比では約93%の水準にとどまる。少子高齢化や人口減少により数量面での成長は見込みにくく、単価上昇によって市場規模を下支えする構図が続くと見られている。加えて製造業では人手不足が慢性化しており、こうした構造的な制約が、商品力の底上げとコスト圧縮を同時に狙う生成AI活用への投資意欲を後押ししている面がある。

 今回の事例が示すのは、AIの導入が人間からクリエイティビティを奪うものではなく、むしろ人間自身が言葉にできていなかった美意識や判断基準を浮き彫りにするプロセスだということだ。どれだけAIが優れた案を提示しても、それを「世に出すべきだ」と判断し、最終的な精査と仕上げを担うのは依然として人間である。

 一方で、留意すべき点もある。ワールドの「OO」はまだワンシーズンの実績しかなく、継続的な成果として定着するかは今後の展開を見る必要がある。またスタイルブックの構築はブランドごとに手間をかける作業であり、汎用的にすぐ横展開できる性質のものではない。現場のデザイナーの間には、役割の変化に対する戸惑いの声もあるとされ、組織的な合意形成には時間を要するだろう。

 それでも、「センスがない」と諦めていた企業にこそ、このプロセスの標準化は強固なプロダクト開発力をもたらす可能性がある。AIを賢くする方向ではなく、人間が自らの判断基準を言葉にする方向にこそ、次のモノづくりの分水嶺があるのかもしれない。

(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=高野輝/戦略コンサルタント)

【主な参照データ】
日本経済新聞電子版「ワールド、AIがデザインした服完売 美意識を言語化『センスない』覆す」(2026年8月5日)
株式会社ワールド ニュースリリース(corp.world.co.jp)
McKinsey & Company/The Business of Fashion「The State of Fashion 2026」
矢野経済研究所「国内アパレル市場に関する調査(2025年)」