また、主に60歳以上を対象に提供されてきた「リ・バース60」などのリバースモーゲージ型住宅ローンのように、存命中は利息中心の返済にとどめ、元金は売却や相続時の処理に委ねる仕組みも存在する。こうした「元金の返済を先送りする」発想が、本来は現役世代の資産形成手段であるはずの住宅ローンの設計思想にも影響を及ぼしつつある点は、注視すべき変化だろう。
こうした商品設計の前提にあるのは、「不動産価格は将来も上がり続ける」という期待である。売却時点の価格がローン残高を上回っていれば、返済に行き詰まっても売却で清算できる。いわゆる「タワマン神話」に近い前提だが、金利が上昇局面に転じ、価格上昇のペースが鈍化すれば、この前提は成立しなくなる可能性がある。
日本銀行は2026年6月の金融政策決定会合で、政策金利を0.75%程度から1.0%程度に引き上げた。これは約31年ぶりの水準とされ、7月の会合では据え置かれたものの、民間金融機関の住宅ローン変動金利は既に反応している。2026年8月時点で主要銀行の変動金利は年1%台に乗り、フラット35(固定金利、年3.29%程度)との金利差はむしろ拡大している。民間シンクタンクの一部予測では、年内に政策金利が1.25%程度、2027年にかけて1.5%程度まで段階的に引き上げられる可能性も指摘されている。
借入額が1億円を超えるペアローン世帯にとって、金利がわずか0.5%上昇するだけでも、月々の返済額は数万円単位で増加しうる。ここに、育児休業や時短勤務、転職・離職といったライフイベントによる世帯収入の一時的な低下が重なれば、返済計画は一気に窮屈になる。
さらにペアローンは夫婦それぞれが債務者となり、物件も共有名義とするのが一般的な形態であるため、離婚や物件価格下落が重なった場合、「どちらが住み続けるか」「残債をどう清算するか」で当事者間の合意形成が難航するケースが報じられている。金利上昇、共働き世帯の増加、離婚件数の高止まりという複数の要因が重なる中、ペアローンという仕組みが抱えるリスクは、これまで以上に意識される局面に入っている。
「ペアローンは借入枠を広げられる便利な仕組みですが、離婚や休職といった『想定外』が起きた瞬間に、単独ローンにはない複雑さが表面化します。契約時点で、片働きになった場合の返済シミュレーションと、名義・持分の整理方法まで夫婦で話し合っておくことが欠かせません」(住宅金融に詳しいファイナンシャルプランナーの田中真一氏)
23区平均が2億円台に乗るという現象を都市構造の観点から見ると、「日本人の給与所得(フロー)で日本の住宅を買う」という前提が、一部エリアでは既に成立しにくくなっているという事実が浮かび上がる。円安や国内外の金融緩和局面を背景に蓄積された余剰資金(ストック)が、都心不動産を購入対象として選好する構造が強まっている。
この変化は個人の住居選びにとどまらない。企業にとっても軽視できない影響が生じつつある。社員の住居費負担が増せば、企業が用意する住宅手当やベースアップの効果は住居費の上昇に吸収されやすくなる。都心オフィスへの通勤圏内に、社員が無理のない負担で住居を確保できない状況が続けば、採用競争力の低下や、職住を切り離したフルリモート・郊外拠点の再評価といった経営判断にもつながりうる。不動産価格の高騰は個々の家計問題であると同時に、企業の人材戦略にも波及しうるマクロテーマとして捉える必要がある。
「東京都心の不動産は、国内の実需だけでなく、世界的な過剰流動性の受け皿としての側面が強まっています。この二重構造は短期的に解消される性質のものではなく、企業も個人も、都心の住宅コストが構造的に高止まりする前提で人材戦略・生活設計を組み立て直す時期に来ています。」(前出・伊藤氏)