第二に、景品表示法・薬機法上の表現規制だ。「若返る」「病気が予防できる」といった効能・効果を保証するような表現は、化粧品や健康食品の広告と同様に規制対象となり得る。ロンジェビティ・トラベルのプログラムを訴求する際は、測定データの可視化やプロセスの快適性、専門家による伴走といった、事実に即した表現にとどめるコンプライアンス設計が求められる。
第三に、単独のホテル・旅館では、高額な検査機器や専門人材を自前で抱えることは難しいという現実的な制約がある。ここで鍵になるのが、地域の大学病院や予防医療クリニック、ヘルスケアテック企業との「B2Bアライアンス」だ。象徴的な動きとして、カプセルホテルチェーンのナインアワーズは2025年7月、名鉄都市開発、名古屋大学医学部附属病院と提携し、睡眠データを軸にした予防医療連携型の宿泊施設を名古屋・栄エリアに2026年春をめどに開業すると発表した。大学病院との提携による宿泊施設は全国初とされ、良質な睡眠環境の提供を通じた予防医療への貢献や、他の医療機関・研究機関との連携拡大を掲げている。単独では難しい医療的な裏付けを、地域の医療インフラとの連携によって補う「地域一体型ウェルネス・コミュニティ」のモデルケースとして注目される。
日本の富裕層旅行者に対する意識調査(SO.WAコンサルタンシーが2024年5〜6月に、訪日経験または訪日検討中の米国・中国・インドネシアの富裕層190人を対象に実施)でも、8割が日本ならではの「Jウェルネス」体験に期待を寄せ、旅行計画における重要度を「高い」「とても高い」と答えた割合は85.3%に上る。一方で訪日経験者の7割以上が「他地域と比べてコンテンツやサービスが不足している」と感じているとの結果も出ており、半数以上が訪日旅行中のウェルネス関連支出に15万円以上を見込んでいる。需要と供給のギャップをどう埋めるかが、今後のポイントになりそうだ。
ロンジェビティ・トラベルの潮流は、一時的な富裕層向けトレンドにとどまらない可能性がある。滞在日数の長期化と客単価の向上を同時に実現できるビジネスモデルであることから、地方創生やインバウンド消費の質的転換の鍵を握るテーマとしても位置づけられる。
「どこに泊まるか」が「自分のコンディションをどう維持するか」と同義になっていく時代において、日本が持つ豊富な温泉・食文化・自然環境という資源に、エビデンスに基づくデータ管理の仕組みを掛け合わせることができれば、海外の先行事例とは異なる、日本ならではのロンジェビティ・トラベル市場が成立する余地は十分にある。ただしそれは、単独の宿泊施設の努力だけで実現するものではなく、医療機関やヘルスケア企業を巻き込んだ地域単位でのアライアンス構築と、医師法・薬機法・景品表示法を踏まえた着実なコンプライアンス設計があってこそ現実味を帯びる。今後、この分野でどの地域・どの事業者が先行事例をつくり出すかが、日本の観光産業の次の成長軌道を占う一つの指標になりそうだ。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=湯浅郁夫/観光政策アナリスト)
【主な参照データ・出典】
Global Wellness Institute「2025 Global Wellness Economy Monitor」(2025年11月19日発表)
トラベルボイス「世界のウェルネスツーリズム市場規模、2029年には223兆円に」(2026年6月22日、Trip.com・Google「Why Travel?」レポートを引用)
TTG Asia「The longevity traveller: Travel’s hidden growth engine」(2026年5月)
Six Senses公式サイト(Kaplankaya、ロンジェビティプログラム価格表)
Globetrender「Aman Launches Healthspan Retreats with Novak Djokovic」(2025年5月)
Canyon Ranch Tucson公式サイトおよび関連報道(LONGEVITY8プログラム)
やまとごころ.jp「富裕層旅行者のウェルネスへのニーズ調査」(SO.WAコンサルタンシー、2024年5〜6月実施)
ナインアワーズ・名鉄都市開発・名古屋大学医学部附属病院 共同プレスリリース(2025年7月15日)
牛島総合法律事務所「新しいヘルスケアビジネスを検討するにあたっての留意点-①医行為該当性-」