Amanは2025年、テニス選手のノバク・ジョコビッチ氏と提携し、「ロンジェビティ・パスウェイズ」と名付けたヘルススパンプログラムを発表した。インドのアマンバグ、米ユタ州のアマンギリ、東京、タークス・カイコス諸島のアマンヤラ、ニューヨーク、バンコクのアマン・ナイ・レート、プーケットのアマンプリという世界7施設で、当初はデトックスを中心としたプログラムを展開する。価格や測定項目などの詳細は現時点で公表されていないが、著名アスリートを起用した本格的な健康寿命プログラムを複数拠点で同時展開する動き自体が、業界の関心の高さを象徴している。
さらに踏み込んだ事例が、米アリゾナ州にあるCanyon Ranch Tucsonの「LONGEVITY8」だ。4日間のプログラムで料金は1人2万ドル(カップルは3万6000ドル)。循環器科医、内分泌科医、運動生理学者、栄養士、睡眠専門医など多職種のチームが、滞在中に18回の個別面談と200項目以上のバイオマーカー分析を実施し、単純計算で1日あたり4〜5回の専門家セッションを受ける計算になる。
これらの事例に共通するのは、収益構造そのものの転換だ。従来の「1泊いくら」の宿泊単体モデルから、数日から数週間単位の「滞在型ヘルスプログラム」を数十万円〜数百万円規模で販売するモデルへの移行が進んでおり、顧客一人当たりの単価と滞在日数の両方を押し上げる効果が期待されている。
日本の温泉旅館やリゾートスパは、長い歴史の中で「癒やし」「非日常」を提供する技術を磨いてきた。一方でロンジェビティ・トラベルが提供する価値は、これとは性質が異なる。
従来型のスパ・温泉が主観的な満足感、すなわち「気持ちよかった」「リフレッシュできた」という体験価値を軸にしているのに対し、ロンジェビティ・トラベルは客観的なデータに基づく「身体状態の可視化」と、滞在後も再現可能な「行動変容プログラム」の提供を軸にする。滞在前後で睡眠の質やストレス指標がどう変化したかを数値で示し、帰宅後の生活にも応用できる形で行動計画を渡す、という設計だ。
この違いは、顧客体験の評価軸にも影響する。「旅から帰った後も、仕事や生活のパフォーマンスが上がった」という実感を提供できれば、それは価格の妥当性を裏付ける材料になり、リピート利用や口コミによる送客にもつながりやすい。裏を返せば、データや行動計画が伴わない「体験だけのウェルネス」は、今後この価格帯の競争では差別化が難しくなっていく可能性がある。
観光政策アナリストの湯浅郁夫氏は、次のように指摘する。
「日本の旅館やホテルは、癒やしのコンテンツそのものには恵まれている。温泉の泉質、四季の食材、静けさといった資源は世界的に見ても競争力が高い。ただ、それを客観的なデータとして可視化し、顧客に『価値』として提示するソフトウェアやプログラム設計の部分では、海外の先行事例に後れを取っているのが実情だ。単発の設備投資ではなく、医療機関やヘルスケアIT企業とのアライアンスをどう組み立てるかが、今後の競争力を左右するだろう」
日本でこのモデルを本格展開する上では、実務上・法律上のハードルも小さくない。
第一に、医師法上の「医行為」該当性の問題がある。医師法17条は、医師でなければ「医業」を行ってはならないと定めており、何が医行為に当たるかは最高裁判例上「社会通念に照らして、医療及び保健指導に属する行為であるかどうか」で判断されるとされる。ホテルのスタッフやコンシェルジュが、宿泊客のウェアラブル端末のデータをもとに病状を推測するような助言を行えば、医行為に該当するおそれがある。専門家の見解では、統計データとの比較や一般的な情報提供にとどめ、個別の病状に踏み込む判断は提携クリニックの医師に委ねる、という役割分担の設計が実務上のポイントとされる。