これは裏を返せば、自治体ごとに異なっていた予算編成・政策評価のプロセスが、Build & Scrapという共通の型に流し込まれることを意味する。100自治体という規模でこれが進めば、行政特有の「意思決定プロセス」や「予算の増減基準」といった、これまで外部から見えにくかった業務データが、標準化された形でプラットフォーム上に蓄積されていく。
両社が掲げる「公務AIエージェント」は、汎用的な大規模言語モデルをそのまま行政窓口に当てはめて完成するものではない。政策判断の背景にある固有の文脈やルールを学習して初めて、実務に耐えるものになる。その意味で、今回の取り組みは、2030年をめどとする行政特化AIの開発に向けた、実証と学習データ収集の場という側面を持つと見ることができる。
自治体のDX支援に携わる経営コンサルタントの田辺晃成氏は、次のように指摘する。
「行政システムの多くは、業務そのものより意思決定の経緯が属人化・暗黙知化している点がボトルネックになってきた。それを構造化データとして蓄積できる基盤が100自治体規模で広がるなら、外部のベンダーにとっては非常に価値の高い学習データセットになる。無償期間の長さは、システムの販売収益ではなく、データ収集にかかるコストを先に払っていると捉えるのが実態に近いのではないか」
自治体の情報システム調達に詳しいITジャーナリストの小平貴裕氏は、やや違った見方をする。
「自治体の調達は入札を経るため、単純な価格競争だけでは大手ベンダーの牙城を崩しにくい。だが、無償の実証期間を挟み、現場の職員が実際にシステムを使い込んで業務に組み込んでしまえば、次の入札で仕様書そのものがそのシステムを前提にしたものになりやすい。5年という長さは、価格ではなく実務への浸透度で優位性を築く時間として捉えると理解しやすい」
現時点で両社が具体的な収益モデルの数字を公表しているわけではない。その前提のうえで、公開情報から読み取れる中長期的な収益化の道筋を整理すると、大きく三つの方向性が考えられる。
第一に、無償期間が終わった後の継続課金だ。標準化されたシステムが自治体の業務インフラとして定着すれば、その後の利用料や保守運用に伴う収益が見込める。第二に、公務AIエージェントが実現した段階での高付加価値化だ。単純な業務システムの利用料ではなく、業務代行の度合いに応じた課金モデルへ発展する可能性がある。第三に、ソフトバンク本体が強みを持つ通信回線やクラウドインフラ、セキュリティ、デバイスといった周辺領域での需要創出だ。すでに187の自治体と連携協定を結んでいるソフトバンクにとって、Build & Scrapはそのネットワークをさらに深耕する接点にもなり得る。
なお、政府は自治体の基幹系システムについて、2025年度末までに標準準拠システムやガバメントクラウドへの移行を進める方針を掲げてきた。戸籍や税務といった基幹業務のシステムは、従来から大手SIerが担ってきた領域であり、Build & Scrapが対象とする予算編成・経営管理の領域とは性質が異なる。両者がすぐに競合するというより、自治体の「上流の意思決定」を扱うレイヤーに、通信キャリア系の企業が新たな切り口で入り込もうとしている、という位置づけで捉えるのが実態に近いだろう。
行政特有のドメイン知識をゼロから内製するのではなく、愛媛県との協働などを通じて自治体の予算編成業務に知見を蓄積してきたWiseVineと組む。そこにソフトバンクの資本力、自治体との既存の連携網、通信・クラウドインフラを掛け合わせる。大企業とスタートアップが互いの得意領域を持ち寄る、オープンイノベーション型の座組みと言える。