米国立標準技術研究所(NIST)は2024年8月に耐量子計算機暗号(PQC)の標準を策定した。あわせて、現行の公開鍵暗号を2030年に非推奨、2035年に使用禁止とする移行案も示している。欧州連合(EU)も2025年6月に公表したロードマップで、重要インフラの高リスク用途について2030年末までの移行を求めた。日本政府は前述の中間とりまとめで、政府機関等が原則2035年をめどにPQCへ移行する方針を示し、2026年度中に工程表を策定するとした。同文書は、この課題が重要インフラ事業者や民間企業にも及ぶと明記している。
「PQCへの移行は、暗号ライブラリを差し替えれば済む話ではありません。どのシステムのどこでどの暗号が使われているかを洗い出すだけで、年単位の作業になる企業も珍しくない。取引先や機器ベンダーとの調整も必要です。2035年は遠いようで、実は余裕のある期限ではないんです」(同)
経営として今すぐ着手できることは二つある。社内の暗号の利用状況を一覧にする「クリプト・インベントリ」の整備と、長期にわたって秘密にしておく必要があるデータの特定だ。そのうえで、システム更改の計画にPQC対応を組み込んでいく。更改のサイクルに乗せれば、単独で全面刷新するよりも負担を抑えられる。
富士通の無償公開は、量子コンピューターが研究室の外に出ていく過程の一コマにすぎない。ただ、その一コマから見えてくる変化は、どれも数年単位の準備を要するものばかりだ。
プラットフォームの行方を見極めながら、特定の規格に縛られない形で知見をためること。業務と量子をつなぐ人材を、社内で計画的に育てること。そして、既存システムの暗号を量子時代に耐えられるものへ段階的に移行すること。
量子コンピューターがいつ実用化されるのかは、誰にも正確には言い当てられない。だからこそ、実用化の時期に左右されない準備から手をつける。その順番を誤らないことが、次の10年に向けた現実的な備えになるはずだ。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=小平貴裕/ITジャーナリスト)
【主な参照データ・出典】
富士通プレスリリース(PR TIMES)OpenQARP公開
The Quantum Insider: Fujitsu Releases OpenQARP
OpenQARP GitHub
富士通:1万量子ビット超の研究開発開始(2025年8月)
理化学研究所:256量子ビット超伝導量子コンピュータ
内閣官房 PQC移行 中間とりまとめ(2025年11月)
Gidney, How to factor 2048 bit RSA integers with less than a million noisy qubits
NIST IR 8547 ipd
The Quantum Insider: PQC移行期限の整理(EUロードマップ含む)
量子未来社会ビジョン(内閣府)