冒頭の“説得の逆説”に引きつけて言えば、新ルールは顧客の疑念に「話のうまさ」ではなく「記録された理由」で答えるよう求めている。AIの出番はまさにそこにある。
では、人の営業はもう信頼されていないのか。データを見ると、話はそう単純ではない。
生命保険文化センターの2024年度「生命保険に関する全国実態調査」によると、直近に加入した民間生命保険の加入チャネルは、営業職員が56.7%と最大で、保険代理店は15.7%だった。第一生命経済研究所の分析では、営業職員経由の割合は2018年の54%を底に反転している。営業職員経由の加入者で「満足している」と答えた人も、2009年の20.6%から2024年には35.1%に上がった。満足理由で伸びたのは、定期的な訪問や相談への素早い対応といった、加入後のフォローだ。
顧客は人による営業そのものを拒んでいるわけではない。引っかかっているのは「この推奨は誰の都合で決まったのか」が見えないことだ。そう捉えたほうが実態に近い。
住友生命のAI活用も、今回いきなり始まったものではない。2022年にはエクサウィザーズと共同開発した「AIぴったり保険診断」の実証実験を行い、価値観や嗜好性まで反映した保険提案を試した。2024年11月には全営業職員約3万人を対象に、AIを使った顧客情報管理・育成システムの運用を始めている。2026〜28年度の3年間ではAI関連に200億円を投じる方針だ。今回の取り組みは、自社チャネルで積み上げた知見を代理店チャネルへ広げる一手とみるのが自然だろう。
一点、注目したいのは立ち位置だ。自社商品を持つ生保が、他社商品も並べる比較の仕組みづくりに加わる。開発方針では、特定の保険会社や商品を優先しない中立性と透明性を最優先に掲げている。保険会社から代理店への過度な便宜供与や出向者による販売支援が厳しく制限されるなか、「人やお金」ではなく「中立なインフラ」で代理店と関わる新しい形とも読める。その中立性が運用のなかでどう担保され、外部からどう検証できるのかは、今後の情報開示を見ていく必要がある。
公表資料や制度の趣旨から整理すると、次のようになる。
●顧客にとって期待できる点
推奨理由が記録として残り、比較の過程が見えやすくなる。自分では言葉にしにくいニーズを、追加質問で掘り起こしてもらえる
●顧客にとっての課題・留意点
AIが何を根拠に候補を選んだかを、顧客がどこまで確認できるかは未公表。感情面の不安や個別事情への対応は人の力量に残る
●代理店・募集人にとって期待できる点
経験の浅い募集人でも一定水準の提案ができる。証跡づくりや各社への照会の手間が減り、監査対応にも使える
●代理店・募集人にとっての課題・留意点
AIの出力をなぞるだけになると、ヒアリング力が育たない恐れ。システム導入・運用のコスト負担
これは顧客側によっては歓迎すべき変化なのかーー。大枠では歓迎してよい変化だと考えられる。推奨の理由が記録として残り、後から検証される仕組みは、顧客にとって純粋にプラスだからだ。
ただし条件がある。一つは、AIの出力が入力された意向に左右されること。自分の希望をうまく言葉にできない人ほど、募集人の聞き取りの質が結果を決める。もう一つは、AIが示した選定理由がどこまで顧客に見える形で渡されるのか、現時点では明らかになっていないことだ。そして保険の価値が本当に試されるのは、加入時ではなく給付の請求時や人生の節目である。そこで頼れる相手がいるかどうかは、AIでは代替しにくい。