
●この記事のポイント
DeepSeekは2026年9月30日、ファーウェイ製AIチップ「Ascend」向けに、TileLangやDeepGEMMなどの開発基盤をオープンソース化した。エヌビディアの強みであるCUDAの壁にソフトで挑む動きだが、日本企業には米BIS指針や経済安保上の制約がある。推論コストが膨らむなか、ベンダーを乗り換えられる設計とリスク管理の3策を示す。
9月30日、中国のAI開発企業DeepSeekが、ファーウェイ(華為技術)のAI半導体「Ascend(昇騰)」向けの開発基盤一式をオープンソースとして公開した。演算処理の最小単位である「カーネル」を記述する高水準言語「TileLang」のAscend版に加え、行列演算ライブラリ「DeepGEMM」、分散通信ライブラリ「DeepEP」、長文処理を効率化する注意機構ライブラリ「FlashMLA」など。いずれも同社がこれまでエヌビディア向けに公開してきたものと1対1で対応する構成だ。
米国の輸出規制で最先端GPUを調達しにくい中国が、ハードの性能差をソフトウェアで埋めにかかっている。米中対立の一幕に見えるが、GPUコストの重さに頭を抱える日本企業にとっても無関係ではない。かといって「安い選択肢が増えた」と単純に喜べる話でもない。何が起きているのか、日本企業は何を備えるべきかを整理したい。ただし日本企業には、Ascendの使用を規制違反のおそれがあるとする米商務省の指針(2025年5月)や、データ管理・経済安保上の制約があり、安さだけで乗り換えられる話ではない。
●目次
エヌビディアの勢いに陰りは見えない。8月26日に発表した2027年度第2四半期(2026年5〜7月)決算は、売上高962億ドル(前年同期比106%増)、うちデータセンター部門が890億ドル(同117%増)。粗利益率は75%に達した。
この強さの土台にあるのが、2007年から積み上げてきた開発基盤「CUDA」だ。PyTorchをはじめ主要なAIフレームワークはCUDA上で最も効率よく動くよう磨かれ、ライブラリも技術者もCUDAを前提に育ってきた。AMDやIntelが性能の高いチップを出しても、既存コードの移植と技術者の学び直しが壁になる。チップを売っているようで、実際に売っているのはエコシステムだと評される理由である。
「チップ単体の性能比較だけを見ていると読み違えてしまいます。企業がエヌビディアから離れにくいのは、十数年分のコード資産と、それを書ける人材がCUDAにひも付いているからです。競合が本当に崩すべきポイントはそこにあります」(半導体アナリスト・岩井裕介氏)
今回の発表が照準を合わせたのも、この“ソフトの壁”だ。DeepSeekの説明によれば、TileLangのAscend版はAscendの低レベル命令を包み込み、性能を落とさずに高水準言語で書けるようにしたもの。同社が学習で使うTileLangの演算子には、すべてAscend上で対応する高性能実装がそろったという。主要コンポーネントの演算・通信性能も、複数のテストでハードウェアの上限に近づいたとしている。ファーウェイとは、Ascend 950を128基束ねた「スーパーノード」構成での共同最適化も進めた。
押さえておきたいのは、TileLangがDeepSeekの自社言語ではない点だ。北京大学の研究者を中心に開発されたオープンソースプロジェクトで、DeepSeekはV4系モデルの演算子の大半をこれで実装する最大級の利用者という位置づけにある。特定企業の囲い込みではなく、開かれた言語を軸に据えたことは、エコシステムづくりとしては理にかなっている。