前回は、ビジネスの現場でコミュニケーションの仕方を教える立場の専門家として、非常にお恥ずかしいエピソードを紹介しました。
自分では、妻の考えに共感していたつもりが、妻からは「否定しかしない」ととらえられていたのです。
私のように、否定しているつもりがないにもかかわらず、相手からいつも否定してくるととらえられてしまう人は、じつは多いのではないかと思います。
たとえば、ビジネスの現場では、否定しているつもりのない上司が、部下から「いつもあの上司は否定してくる」と言われてしまうということが本当によくあります。
ほとんどすべての上司は、部下からの提案を心から望んでいます。そうして次のような言葉を部下に向かって言います。
「会社をよくするための提案だったら、どんどんしてくれ」
「どんな意見でも貴重な意見だから、リスペクトを持って対応するから!」
しかしそうした言葉につられ、部下が実際に提案を持ってくると、上司は次のように言ってしまいます。
「これでお客様の満足度が上がるかな?」
「売上を上げるならもっとこういう案のほうがいいんじゃないかな」
すると部下は心の中で、「なんだ、提案したら喜んでくれないのか。否定ばっかりしてくるな」と思ってしまい、次から提案するのをやめてしまうのです。
否定する気持ちがないのにもかかわらず、いつも否定してくるととらえられてしまう場合、どうしたらいいのでしょうか。
そもそもアドバイスは、よけいな一言ととらえられてしまうので言わないほうがいいのでしょうか。それとも、伝え方を工夫して優しい物言いにすればいいのでしょうか。タイミングを気にして、受け手側の気分の良さそうなときに伝えるようにしたほうがいいのでしょうか。
そうした工夫も必要なのかもしれませんが、やはり限界があります。その代わり、もっと簡単で、根本的に解決する方法があります。そのヒントは、フィードバック濃度にあります。
『みんなのフィードバック大全』(著・三村真宗/光文社)という本があります。コンカーという会社の三村社長が書いた本なのですが、コンカーは働きがいのある会社ランキングで何年も連続で1位を獲得しているすごい会社です。働きがいのある会社になることは、どの会社も目指したい素晴らしいことだと思いますが、その秘訣は、フィードバックの仕方にあるのだと三村社長は言います。
よい仕事をしたらよいフィードバックをもらい、よくない仕事をしたらギャップフィードバックをもらう。ギャップフィードバックというのは、本来あるべき姿と現在の姿にあるギャップを指摘することで、一般的にはネガティブフィードバックと言われるものです。いずれにしても、こうしたフィードバックを適切にし合うことで、働きがいが高まっていくのだそうです。
たしかに、適切なフィードバックがあることは大切なことだと思いますが、三村社長はさらに踏みこみます。上司から部下だけでなく、部下から上司とか、他部署から他部署、顧客から事業者へのフィードバックなど、あらゆる方面からフィードバックを受けることを文化にできれば、モチベーションは高まり、成長スピードも上がり、業績が上がり続けながら、働きがいも高まると言うのです。
フィードバックを頻繁にしたほうがいいとしても、やはり難しいのはギャップフィードバックでしょう。軽い指摘であれば、気軽に、いつでもやるべきでしょうが、重めのフィードバックはそうはいきません。
相手を萎縮させてしまいかねない、厳しいフィードバックをするときは、年に数回、きちんと準備をして、相手が受け止められるような仕方で伝えるべきです。
ここで大事になってくるのが、フィードバック濃度です。三村社長は、ポジティブなフィードバックが常に行き交っているような状態を「フィードバック濃度が高い」と定義づけています。
部下が資料を出したら上司は部下に「この資料はここが素晴らしいね」と言い、会議で上司の進行が素晴らしかったら「今日の会議は進行が良かったです」と部下が上司に言う、といった具合に、ポジティブフィードバックが常に行われているような状況が理想なのだそうです。
そこまでフィードバック濃度が高まって初めて、ギャップフィードバックをするときの受け止め側の姿勢ができあがる。そうなって初めて、ギャップフィードバックをしても良い土壌がととのうというわけです。