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1巻

1-2

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「まじか……すごいな」

 まだ軽く読んでみただけだが、それでもこれが破格のスキルだと理解できる。
 理論上どんな味覚でも作成可能、すなわちどんな料理でも作り出せて、一度作れば同じ調整を繰り返す手間もかからない。
 料理人にとって夢のようなスキルであることはもちろん、食べ歩きを至上の趣味にしてきた俺にとってもありがたい、ありがたすぎる最高のスキルだ。
 もう一度説明を読み返し、やり方を把握した俺は、さっそくスキルを試すことにする。
 とにかく喉が渇いているので、何か飲み物を作りたい。

「【味覚創造】――おおっ!」

 説明に従いスキル名を唱えた瞬間、目の前に半透明とうめいのウィンドウが出現する。


【味覚創造】→タップで創造開始
【作成済みリスト】0件→タップで表示
【残存魔力】280/280


 指で触れると円状に波打つウィンドウは、まさにファンタジーそのもの。
 ちょっとした感動を覚えつつ、【味覚創造】の項目をタップする。

「うわっ!? なんだこれ!」

 画面が切り替わった直後、頭の中に何かが入ってくる感覚があった。脳内でスキルと繋がったような、一言では形容しがたい感覚だ。慣れない感覚に困惑しながらも神経を研ぎ澄ませていくと、徐々に感覚の正体が掴めてきた。

「この感覚は……ウィンドウと繋がっているのか」

 そう呟きながら、ウィンドウを見つめる。
 切り替わった先の画面には、何も表示されていない。それは不具合のためではなく、俺がまだ何も考えていないからだ。
 スキルと繋がる感覚を理解したことで、なんとなくだがやるべきことがわかる。

「よし、お茶を作ってみよう」

 まずは目を閉じて、お茶の葉をイメージ。なるべく丁寧ていねいにお茶の葉の味を想像する。
 鼻に抜けるお茶の風味とほのかな甘味、嫌にならない程度の苦味……ある程度イメージを固めて目を開くと、画面の表示が変わっていた。


 味覚名:緑茶
  要素1【茶葉】→タップで調整
  要素2【甘味】→タップで調整
  要素3【苦味】→タップで調整
 消費魔力:11
   →タップで【味覚チェック】
   →タップで【味覚の実体化】


【茶葉】【甘味】【苦味】という三つの要素があり、消費魔力が表示されている。その隣には、【味覚チェック】と【味覚の実体化】の項目が並んでいた。
 俺は自分の感覚に従い、【味覚チェック】をタップする。

「おお!」

 その瞬間、思わず驚きの声が出る。
 というのも、タップしただけでお茶の味を感じたからだ。【味覚チェック】という名前から予想はできていたが、飲んでいないのに味がする感覚は不思議だった。

「ただ、イメージの味とは違うな……」

 感じた味は、想定よりも少し薄め。茶葉をケチったお茶の味だ。
 細かい調整を行うべく、【茶葉】の下にある調整ボタンをタップする。

「なるほど、こうなるのか」

 切り替わった画面に【風味の強弱】と表示され、その横には調整のためのバーがある。バーにはつまみが付いており、今は中央よりマイナス寄りに位置していた。
 つまみをプラスに調整した後、画面端にある【味覚チェック】をタップする。

「おお! 風味が一気に強まった!!」

 さきほど同様お茶の味を感じるが、茶葉の存在感がまるで違った。左上の【戻る】ボタンを押し、【甘味】と【苦み】もいじっていく。
 調整を終えて【味覚チェック】をタップすると、甘味と苦味のバランスがとれた最高クラスの味がした。

「本当に便利なスキルだなぁ……って、ん?」

 スキルのすごさを実感しながらウィンドウを見た俺は、画面内の変化に気付く。
 十一だった消費魔力が、知らぬ間に二十になっているのだ。
 さきほどの調整で消費魔力が増えたのだろう。試しに各要素を弄ってみると、それに伴い消費魔力も変動した。
 そりゃそうだよな……と思いつつ、さらに味を調整していく。

「おお、こんなこともできるのか」

 調整を進める中、【風味の強弱】に限らず【風味の種類】も調整できると判明した。『茶葉の味自体も変わらないかなぁ』と考えた際、応じるように調整項目が増えたのだ。
 もしや……と思い、【甘味】や【苦味】でもイメージしてみたところ、案の定細かく調整できた。調整したい内容をスキルが自動で読み取るので、変に悩む必要もない。
 たとえば『さっと消えていく上品な甘み』を欲した場合、【甘みの消え方/残り方】という項目が勝手に追加された。
 それに思えば、今回の緑茶では【渋味】の要素が入っていない。味覚チェックの際には渋味を感じられたので、今回は【茶葉】が渋味の部分を補ってくれているらしい。
【茶葉】等はあくまで最初のイメージに基づいた分類にすぎず、その後の調整でどうにでも変更が利くわけだ。
 事実、渋味単体で調整したいと考えた際、新たな要素として【渋味】を生み出すことができた。
 予想以上に融通ゆうずうの利くスキルをくれた神様に、心から感謝の念を抱く。おかげさまで、過去最高のお茶を作ることができそうだ。

「さて、いよいよだな」

 味の調整を終えた俺は、遂に本題の【味覚創造】を行うことにする。
 最終的な消費魔力は二十九。当初の三倍近くだが、美味しさを追求した結果なので仕方ない。

「よし……」

 緊張きんちょうの中、【味覚の実体化】をタップする。
『創造を開始します』と表示された後にウィンドウが閉じ、体から何かが抜けていく感覚があった。
 魔力消費の感覚なのだろうと思いつつ、待つことほんの三、四秒。
 こぶしサイズのお茶のかたまりが、ポンと目の前に生成される。


 薄黄色に透き通ったそれはプカプカと空中に浮かび、意識すれば動かすことも可能だ。無重力空間のようで面白い。しばらく動かして遊んだ後、小さく分けて口元に運ぶ。

「美味い!!」

 味覚チェックの時から美味しいことはわかっていたが、実際に飲むとまた格別の美味しさだ。
 何より、実体化の際にイメージした冷たさと、喉を通っていく感覚があるのが大きい。喉が渇いていたこともあり、あっという間に飲み干してしまった。

「ふぅ……最高だった」

 上質な余韻よいんに浸りながら、しばし休憩することにする。
 さきほどの緑茶作成で、スキルの使い方は概ね把握はあくできた。
 同じ要領で食べ物も作れるはずなので、とりあえず命の心配はない。
 そう思って安堵あんどの息を吐くと、神様からの手紙が光の粒となり消えていく。空に昇る粒を見送りながら、そっと神様に手を合わせた。

「さてと、これからどうするか」

 彼方かなたに延びる道を見ながら、次の行動を考える。
 人のいる場所を目指すのは決定事項だ。問題はその行き方だが――

「……その前に何か食べるか」

 盛大に鳴った腹の虫を押さえながら、俺はポツリと呟いた。




 第二話 恩人


「【味覚創造】!」

 スキルを使って料理を作ろう。
 そう決めた俺は、本日二度目の【味覚創造】を発動する。


【味覚創造】→タップで創造開始
【作成済みリスト】1件→タップで表示
【残存魔力】257/310


 ウィンドウを開くと、作成済みリストが一件になり、残存魔力が変わっていた。最初は二百八十だったから、最大値が三十増えている。
 現在の魔力量は二百五十七で、元々の二百八十から二十三消費されているが、お茶の消費魔力は二十九だった。矛盾むじゅんしているわけではなく、魔力が自然回復しているということだろう。
 二百五十七の魔力で、どんな味覚が作れるのか。
 まずはダメ元で、ラーメンを想像してみる。あっさりとしつつもコクのある、シンプルな醤油しょうゆラーメンだ。
 頭の中にその味を思い描くと、【スープ】【めん】【メンマ】等の要素がウィンドウに表示される。
 消費魔力は約三百五十。比較的シンプルな味を想像したが、それでもこれだけの数値だ。クオリティを求めて調整すれば、とんでもない数値になるのは間違いない。

「今の魔力じゃ軽食くらいしか作れないか……」

 魔力を温存するためにも、消費魔力はできるだけ抑えたいところ。残存魔力が少なくなると倦怠感けんたいかんに襲われ、枯渇こかつした場合は倒れかねないと手紙でも注意されていた。
 消費魔力の少なそうなもの……キュウリの漬物つけものはどうだろう?
 ふとそんな考えが浮かび、漬物の味を脳裏に再現していく。
 漬物と言っても本格的なぬか漬けではなく、醤油や塩に漬ける簡易的なタイプの物だ。
 ウィンドウに表示されたのは、【キュウリ】【醤油】【塩】のシンプルな三要素。消費魔力は五十八なので、ちゃんと作れそうだ。
 俺は【味覚チェック】を駆使くししつつ、足りない部分を補っていく。
【お酢】や【砂糖】の要素を加え、追加されるとは思わなかった【旨味】の要素も調整する。十分ほどで自分好みのオリジナル漬物が出来上がった。
 消費魔力は元の倍近い百三となってしまったが、ギリギリ許容範囲内と言っていい。

「それではお待ちかね……」

 皿代わりの大きな葉っぱをってきた後、実体化ボタンをタップする。
 緑茶の時より多くの魔力が抜けていく感覚があり、葉っぱの上にカットされたキュウリの漬物が顕現けんげんした。

「なんか……形は微妙だな」

 生み出されたキュウリの形にはバラつきがあり、見栄えはよろしくない。綺麗な輪切りをイメージしたつもりだったが、そう上手くはいかないようだ。
 料理の見た目はスキル使用者の美的センスに左右されるらしいので、仕方がないことだとあきらめる。美術の成績はいつも赤点ギリギリだったのだから。
 結局のところ、重要なのは味。見た目はともかく味のほうは完璧かんぺきだ。
 漬物の味をみしめながら、俺は顔をほころばせる。
 丁寧に調整しただけあり、各調味料のバランスがとにかく絶妙。スキルだからこそ実現できた抜群ばつぐんの旨味も、素晴らしいアクセントになっている。食感についても上手くイメージが反映されたようで、強めの歯ごたえがくせになりそうだ。
 その美味しさに手が止まらず、一分足らずで葉っぱの皿は空になった。まだ食べ足りない気持ちもあるが、残りの魔力量は百五十四。もう一皿作り出すには少しばかり心もとない。

「そういえば……」

 調味料の消費魔力はどうなんだろう。漬物の作成過程で【醤油】や【塩】の要素があったが、それらを単体で作った場合はどうなのか。シンプルな分、少ない消費で済みそうだけど……
 そう疑問に思った俺は、塩をチェックしてみることに。

「【味覚創造】!」


 味覚名:塩
  要素1【塩】→タップで調整
 消費魔力:7
   →タップで【味覚チェック】
   →タップで【味覚の実体化】


「やっぱり、かなり少ないな」

 塩の消費魔力は七。手のひらに小山ができる量をイメージしたので、ひとけたの魔力でもまあまあの量が作れそうだ。【味覚チェック】のボタンを押すと、慣れ親しんだ食塩の味を感じ、ほとんど調整の必要もない。

「これならいけそうだな……」

 今度は砂糖を想像しながら、【味覚創造】を発動する。
 塩と同じく消費魔力は一桁台で、問題なく作成できそうだった。味覚チェックを行うとごく平凡な砂糖の味だったため、調整してから実体化させることにする。
 調整と言っても単純で、上品なまろやかさと黒糖のような風味をかすかに入れるだけ。ものの一、二分でオリジナルテイストの砂糖が完成した。普通の砂糖とは一味違うが、消費魔力は十九なのでコスパは悪くない。
 漬物の皿に使ったのと同じ種類の葉っぱを用意し、味覚の実体化を行う。わずかな魔力が消費され、葉皿の上に白く細やかな砂糖の山が現れた。
 ひとつまみ手に取りめてみると、柔らかな舌触りの粒子りゅうしがすっと溶け、味覚チェックで感じた以上の素晴らしい出来栄えだ。

「よし、この砂糖なら合いそうだ」

 出来立ての砂糖を葉っぱに包み、丈夫な草できゅっとしばる。
 塩ではなく砂糖を作った訳は、その辺にっている実と相性が良いと考えたからだ。水っぽい味だった実でも、この砂糖をかけて食べれば美味しく生まれ変わるはず。
 さっそく実を採取しに行こうと、草を掻き分けていた時だった。
 遠くのほうから、馬のいななきが聞こえた気がした。

「……まさか!」

 人が来ているのかもしれない。掻き分けた道を慌てて戻り、音の聞こえてきた方を向く。
 集中して目をらすと、馬車らしき影が近づいてくるところだった。
 人だ! 拾ってもらえるかもしれない!
 そう思い手を振っていると、目の前で馬車が停止した。とびらが開き、誰かが馬車から降りてくる。

「こんなところで何をしているんですか?」

 声をかけてくれたのは、気が良さそうな中年男性。西洋人風の顔立ちで、髪の色も薄い茶色だ。綺麗に整った口髭くちひげを生やし、身なりも上等そうなので、お金持ちの方なのかもしれない。

「ああ、私はグラノールと申します。王都エッセンでレストランのオーナーをしている者です。あなたは一体……?」

 グラノールと名乗った男性は、首をかしげながら尋ねてくる。

「俺は……じゃなくて、メグルといいます。実は道に迷ってしまいまして……あちこち歩き回っていたところ、偶然馬車を見かけました」
「道に……それは災難でしたね。さぞ大変だったでしょう」

 咄嗟に出た作り話だったが、怪しまれずに済んだらしい。グラノールさんは俺の言葉に頷きながら、馬車の進行方向を見る。

「このすぐ先にそれなりの規模の街があります。すぐと言っても、徒歩となると結構な距離がありますが……」
「なるほど……そうだったんですか」

 街があるのは朗報だが、いきなり乗せてくれと頼むのもはばかられる。
 どうしたものかと悩んでいると、「ふむ……」と呟いたグラノールさんが俺にじっと視線を向け、しばらくしてから納得したように頷いた。

「この辺りは安全とはいえ、徒歩ではやはり不安でしょう。メグルさんさえよければ、ウチの馬車に乗っていきませんか?」
「え……いいんですか?」
「もちろん、構いませんよ。こうして出会えたのもきっと何かの縁でしょう。窮屈きゅうくつな車内かもしれませんが、ぜひお乗りください」
「ありがとうございます!! ぜひお願いします!!」
「ええ、それではこちらへ」

 グラノールさんはにこやかに笑い、馬車の扉を開ける。とても親切で優しい人だ。この場所を通ったのが彼の馬車で本当に良かった。
 それに、レストランのオーナーだと言っていたのにも興味がある。
 俺の趣味とスキルに関係がないこともないし、もしかしたらこれも神様の配慮はいりょなのだろうか? 
 頭の片隅でそんなことを考えつつ、俺は馬車に乗り込んだ。


 赤を基調としたお洒落な車内には、二人の同乗者がいて、それぞれグラノールさんが紹介してくれた。
 一人目はフレジェさん。二十代半ばほどの綺麗な女性で、淡いピンクの髪が印象的。
 グラノールさんを補佐する立場にあり、彼のレストランの経理等も担当しているそうだ。クールな切れ長の目と丸眼鏡、りんとした佇まいはまさに秘書のような雰囲気で、テキパキと仕事をこなすさまが容易に想像できる。
 そして二人目が、ソルト君。象牙色ぞうげいろの髪で目元を隠した、内気な印象の青年だ。
 グラノールさんの店で料理人をしているらしい。おどおどとした態度ではあるが、料理の腕は相当なもので、十九歳にして副料理長を任されるほど。将来が期待される若き天才料理人である。
 グラノールさんは俺に二人を紹介した後、彼自身の店について様々なことを教えてくれた。
 その中でも俺が特に興味をかれたのが、店を構えているエッセンという街について。
 エッセンはこの国――アピシウス王国の首都であり、世界に誇る食の都として有名らしい。
 食の都という言葉を聞いた時は、少しばかり飲食店が多い街くらいに思ったが、グラノールさんの話は俺の想像を超えていた。
 なんでも、エッセンの中央広場には『魔法掲示板』があって、王都民や覆面ふくめん調査員によるレストランの順位付けが行われているというのだ。王都にある一万店近い全ての飲食店が対象で、高い評価を得た店は掲示板内のランキングに表示される。
 また、お客さん個人による口コミ専用のレビュー板も別にあり、無数のレビューが所狭しと並ぶそうだ。
 王都民達は掲示板のランキングやレビュー板を店選びの参考にし、その店を気に入ればランキングの投票や新たな口コミで応援する。
 日本の某大手グルメサイト、フランスの某タイヤメーカー等、地球にも進んだ評価システムが存在したが、エッセンのシステムも決してそれらに負けていない。むしろ規模の点では超えているかもしれない。話を聞くだけでもワクワクする夢のような街だ。
 そしてさらに驚くことに、グラノールさんの店――『美食びしょくたび』は掲示板でも五十位以内に位置するらしい。ここ一年はキープしているというから、信じられない実力である。
 しかし彼曰く、「トップ二十、トップ十となれば数段レベルが上がります」とのこと。さらに上位を目指して模索を続けているらしい。
 今はちょうど各地の特産品や料理を視察する旅の帰りで、実際にいくつかの農家と契約を結んできたという。王都の店は料理長に任せ、天賦てんぷの才を持つソルト君を同行させたのも、彼の成長と新メニュー案のきっかけ作りが目的だそうだ。
 店について語るグラノールさんの目は少年のように輝いていて、心から楽しんでやっていることが伝わってくる。

「そろそろ街に着きますよ」

 グラノールさんの話がますます盛り上がりはじめた時、ふいに御者ぎょしゃ席から声がかかる。話し込むうちに街の傍まで来ていたようだ。

「すみません……つい熱が入りましたね」
「いえいえ、いろいろと貴重なお話が聞けて良かったです」

 本心からそう答えたのだが、補佐役のフレジェさんが申し訳なさそうな顔をする。

「ウチのオーナーは、食のこととなると歯止めがきかないんです。ご迷惑でなかったのならよいのですが……」
「いえいえ!! 本当に楽しかったので!」

 謝ろうとする彼女を止め、興味深い話だったと伝える。エッセンにある飲食店にも行ってみたいと言ったところ、それを聞いていたグラノールさんの目が再び輝く。

「メグルさんは飲食店に興味がおありで? それでしたら――」
「……コホン。オーナー、もう着きます」
「……え、ええ。わかってますよ」

 底冷えするようなフレジェさんの声で、背筋を伸ばすグラノールさん。二人の関係性が垣間見かいまみられて苦笑していると、肩身の狭そうなグラノールさんと目が合った。
 ちなみにソルト君はというと、さっきからずっとうつむき加減で座っている。グラノールさんから料理の腕を褒められたことで照れたのだろう。
 間もなく街門に到着すると、グラノールさんが門兵に何かのカードを見せる。門を通された馬車が街へと入っていく。

「さあ、着きましたよ。フォレットという街です」

 降りる準備を始めた俺に、グラノールさんが街の説明をしてくれた。
 街の規模感や飲食店の場所等、非常に助かる情報だ。この辺の土地に詳しくない俺を気遣ってくれたのだろう。
 出自や迷った経緯についても詮索せんさくしないでいてくれたし、本当に心の優しい人だ。グラノールさんに拾われて良かったと改めて思う。

「何から何まで、本当にお世話になりました。お礼になるか分かりませんが……」

 ポケットから葉っぱの包みを取り出し、グラノールさんに渡す。

「これは……?」
「中に砂糖を包んでいます。ひとつまみ食べてしまったもので悪いのですが――」
「砂糖!? あの甘い砂糖ですか!?」
「え、ええ……そうですが。砂糖がどうかしたのですか?」

 グラノールさんの驚きように、まずいことをしたかと焦る。
 ふと見てみれば彼だけでなく、フレジェさんやソルト君まで驚きの表情を浮かべていた。

「砂糖は一部の小国でしか取れない、かなりの貴重品なのです」
「貴重品……」
「ええ。その希少性ゆえ、私達の店でも簡単には扱えません。安定したストックがあるのは、王都でも一握りの超上位店だけでしょう」

 甘みを出すものは花のみつや果実が一般的で、砂糖は滅多に使われないという。特に今は価格が高騰こうとうしており、グラノールさんの店でも仕入れを見送っているらしい。そんな事情もあり、ポンと砂糖を手渡した俺に驚いてしまったとのことだった。


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